翻弄 ※89現パロ Under Lover |
「いい加減起きないと風邪ひくぜ」 ソファで寝てしまったスコールは、声をかけられぼんやりと瞳を開ける。 瞬間、視界が遮られ何やら暖かい感触が鼻先をくすぐった。 「……」 「あ、起きた」 目の前には、先程スコールを翻弄した子猫(本物)の不思議そうな顔。 ペロリと鼻を舐められ思わず身体を仰け反ると、不服そうにみゃあ、と一声鳴き少年の手から離れ、床に着地した。 「そんなに驚くなよ、噛み付きゃしないって」 クスクスと笑いながら少年はスコールの隣に座り、甘える様な仕草で身体を寄せる。 「…どいてくれ」 「あれ?こういうの嫌い??んじゃ…えいっ!」 掛け声と共に、まるでタックルの如く勢い良くスコールに抱きつくと、そのまま体重をかけ押し倒そうとする。 しかし体格差は歴然で、多少体勢を崩されただけのスコールは溜息を一つ吐くと、先程より低い声を出す。 「もう一度言う、どいてくれないか」 「やっぱ無理か…って、お兄さ…スコールつれないなぁ」 軽い目眩を感じたスコールは自室へ逃げ込もうと、ソファから立ち上がる。 少年は笑顔でスコールを見つめており、その姿は妙に楽しそうだ。 それがスコールにとっては不可解で、何がそんなに面白いのかさっぱり解らない。 今更ながら関わってしまった事への後悔を感じたが、この雨の中、やはり出て行けとも言えなかった。 「おい」 「何?」 「客室はあっちだ。好きに使っていいが、俺の部屋には入ってくるなよ」 「…はいはい。おーい、チビどこ行った〜?」 周囲を見回し、ソファの上にある数個のクッションの隙間に入り込み、小さな寝息を立てている子猫を見付けた。 そっと優しく抱き上げると、そのまま小少年はスコールに指定された部屋へと消えて行く。 これでいい、あとは朝になればすべて元通り。 何も変わらない、いつもの日常…自室に入ったスコールは、倒れ込む様にベッドへと沈んでいった。 *** 『ありがとう…』 ゆっくり身体を起こし、意識を覚醒させていく。 (夢…?) 内容は全く覚えて無いが、優しい声だけが頭に残る。 スコールは勢い良くカーテンを開けると、昨夜の雨が嘘の様に、目の前には晴天が広がっていた。 着替えを済ませ、リビングへ向かうが少年と子猫の姿は見当たらず、泊まらせた客室も静まり返っている。 「帰ったか…」 顔を洗い、新聞を取り、コーヒーを入れソファへ座り一息つく。 見ず知らずの人間と子猫に押しかけられ、まして一晩宿を貸すなんて…らしくない事をした。 しかも、お礼というヤツが何だか怪しい事この上ない…昨夜の出来事を思い出しながらスコールは顔をしかめる。 でも、あの時声をかけてしまったのは何故なのか…。 (名前を聞いてなかったな…いや、もう会うことも無いさ) 湯気の立つコーヒーを口に付けようとした瞬間、チャイムの連打音が部屋中に響く。 何事かとドアホンを確認すると、昨夜の少年の姿が映る。 『おーい』だの『開けろー』だの騒がしい。 このままだと近所迷惑になりかねない為、スコールは慌ててドアを開けた。 「うるさい、って何で戻って…」 「あ、起きてた?良かったー」 ドカドカと入り込んで来た少年は、両手に持っていたスーパーの袋をスコールに押し付け、キッチンへ入って行った。 「あ、そこに並べておいて。手ェ疲れた…」 冷蔵庫に少しは何かしら入れとけよー等々、文句を言いながら棚を開け、普段滅多に使われない調理器具を取り出していく。 昨夜から何度目かの目眩を感じたスコールだったが、仕方なく袋から諸々の食材を取り出した。 (何で俺が…) 「サンキュー、じゃあ、ちょっと待ってて」 「何をする気だ」 「いいから、いいから」 キッチンから追い出されたスコールは、これ以上話すのも面倒臭いとばかりに、リビングへとふらつきながら戻って行った。 程なくして呼ばれると、テーブルには数々の料理が並べられ、得意気な顔の少年が腕を組んでスコールを見上げている。 「何だこれは」 「え?いわゆる朝食ってヤツだけど」 (それは解っているんだが…) 「ええと、こういうの何ていうんだっけ…イッシュク…」 「一宿一飯、か?」 「それだ、恩義ってヤツね。チビのメシも貰っちゃったしさ」 昨夜の俺なりの礼はお気に召さなかったみたいだし、ニヤニヤ笑う少年はやっぱりどこか楽しそうで…少年と子猫、どちらにも振り回されているこの状況は、自分にとって有り得ない。 「良かったら食べてくれよ」 「おい、子猫はどうした?」 「…アイツ気まぐれだからさ、どっか行っちゃった」 見れば一緒にいた子猫は少年の腕にも、足元にも姿が見えなかった。 「でも、必ずまた会えるんだ…不思議だよな」 「……」 「それじゃ、今度こそ本当に帰るよ」 早足でスコールの前を横切り、玄関へと向かった少年は振り向きもせず一言放つ。 「ありがとう、さようなら」 静かに閉まったドアをスコールはただ、眺めていた。 〜続く〜 - - - - - - - - - - 2012 10.2 UP |