約15センチの差は大きいと思った。これが男女逆ならかわいいものだけれど、そんな事はないわたしが大きいのだから切なくなった。これじゃあ西谷くんのとなりに並べない。女の子だなんて、きっと意識もしてもらえなのだろうな。
西谷くんは朝練で疲れているのか、授業中に寝ている事が多かった。先生に見つかって叱られたり、隠れて早弁したり、少しだけ携帯をいじったり、もちろん授業をちゃんと聞いているときもある。
「みょうじさん、消しゴムそっち転がったんだけど、とってくんね?」
そっと、西谷くんの心地よい声が耳に触れた。そわりと背中になにかが走り、反射的にがたっと席を立ってしまった。やばいと心の中で焦ったその時に、先生に大きめの声で「みょうじー、まだ問題だしてないぞー」とちゃかされてクラスのみんなに笑われてしまった。それが恥ずかしくなってしまってそっとまた席についた。そんなおかしな行動をしてしまったわたしを不思議そうに見ている周りの人と西谷くん。つい赤くなった頬を両手で覆って隠すと、となりからは授業中でもお構いなしの大きな笑い声が響いた。
「なにいまの、すげー腹痛いっ!」
「わ、笑わないでっ。びっくりしたの!」
先生が英文を読み上げているなかで響いたわたしたちのそんな声に、うるさいぞ、とだけ注意をされてまた続きを読みだした。ああもう、わたしらしくない。わたしらしいってなんだったかしら、もう頭がぐるぐるで周りがなにを言っているのかわからないそんなとき、
「かわい」
西谷くんのその一言だけは、すっと頭と心に溶け込んできた。
▽
いろんな学年の人がざわつく食堂で、わたしはすぐに西谷くんが目に入った。ああ、すごい。自分にひとつ感心しながらそっと、その背中を追いかけていた。一緒にいた友だちとなにを食べるかそんな話をしながら見ていると、西谷くんは黒髪のきれいな人になぜかお辞儀をしていた。一緒にいた田中くんもその先輩に声をかけて、わっと盛り上がっている。
「あ、西谷見てたの?3年の清水さんだっけ。すっごい美人だよねー。田中と西谷はご熱心だってウワサだよ」
「へえ、そうなんだ」
どこにいても騒がしいんだな、あいつら。という友だちの言葉も曖昧に返事を返してわたしはずっとあの世界を見ていた。西谷くんの見たことがないような、なんだかきらきらした笑顔。
「かわい」
さっきの授業を思い出した。あの一言にごとりと落とされたわたしの心臓はなんだったのだろう。あのときに見た笑い方とは、全然ちがっていた。