脱・クッキー宣言。を、果たしたところなのに。ヤツはこれ見よがしにクッキーを食べていた。わたしがこの1ヶ月クッキーを食べ過ぎたせいでどれだけ太ってしまったのか、赤葦にはわかるだろうか。いいや、わかるまい。1・5kgの増量は女子にとっては最近の政治問題よりも大きな問題だった。
「毎日食べてたからね」
さくっとクッキーを白い歯で砕きながら言った。そりゃ増えるわな、と。わかっているけどそこのパン屋さんのクッキーがすこぶるおいしいのが悪いんじゃないですかね。だいたいパン屋のくせになんでクッキー置いてんのよ、めっちゃ美味しいじゃないの。赤葦がいま食べているクッキーは、わたしが好きなそれとはちがった。お菓子作りが趣味なの。と上目遣いをしながら笑う女の子からもらっているのを、わたしは見た。それを彼はまたさくりとかじっている。
「…なんであんたは太んないのよ」
「そりゃ部活で死ぬほど動いてるからね、クッキーのカロリーじゃ足りない」
あれだけ汗もかいてめちゃくちゃ動いて運動して。縦にいくらでも長い体にはクッキーくらいのカロリーなんて、きっと麦茶くらいにしかならないんだ。イコールゼロってこと。逆にチビでわたし的にはすこーしふっくらしている体には、クッキーであろうがそのカロリーは大きくのし上がってくる。恨めしいことに。赤葦の体内にカロリーは蓄積されないけれど、上目遣いの女の子からの好きは、口からどんどん積もっていっている。
わたしはそれにも嫌気がさしていた。
「なに、なんか睨みすぎだけど」
「睨んでないし。てか、それどうすんの。気持ちとか」
「あー、ね。申し訳ないけど断るよ。いま誰かと付き合ってるひまなんかないし」
残りひとつになったクッキーをわたしに向けて突き出した。ひとつくらい食べたってそんな変わんないよ。失礼ないい草だけれど、最後に赤葦に寄せた好意をわたしの中で消化するのは少しいい気分になった。あの女の子もわたしも、一気に両方振られたのだ。さくさく口の中に溶けていくクッキーは、おいしい。赤葦の中にはわたしの好きは溶けていっていない。
「みょうじも、そんな太ってないんだから気にする必要ないでしょ」
さりげなく頭を撫でてから行ってしまった背中を、わたしはずるいと思いながら見つめていた。告白をする前に終わってしまったこの恋は、わたしの中で消化できずにぐるぐると駆け回っているのに。