「おいコラー、おめぇいい加減にマンガ返せやー」
3組と2組の間の廊下で友達と喋っていたとき。黒尾が教室の窓から顔を出してわたしにそう言った。黒尾と一緒にいた他の男子達もわざわざ顔を出して、わたしたちに「おー」と声をかけてくれる。なんで気づくのかな、と思いながらも、わたしも黒尾に返事を返す。
「あ、やばーい。また忘れた。めんご」
「おっ前、謝る気さらさらねーだろ。次研磨に渡す約束してんだから早くせーよ」
「誰だよ研磨って」
2年で俺の幼馴染。そう言われて、わたしもふーんと返した。隣にいた友達はそのケンマくんとやらを知っているようで、「かわいいよね、その子ー」と言っている。わたしは知らない。その時にチャイムがなり、わたしは自分のクラスである5組に戻ろうとするとき「みょうじよー」と声をかけられた。振り向くと黒尾がこっちに手招きをしている。なにー、わたしはぱたぱたと履きつぶした上履きを鳴らして駆け寄る。
「今日待っててよ。自主練すっけど」
「え、やだよ。遅くなるじゃん」
「ケチケチすんなや。一緒帰りたいのに」
なんだよ、とがしがしとわたしの頭を撫でていう。せっかくゆるりと巻いてきた髪なのに黒尾のせいでぐしゃぐしゃにさらてしまって、仕返しにと黒尾の脇を狙って横にグーパンを入れた。一緒に帰るのはどれくらいぶりだろう。黒尾は男バレの主将で忙しいみたいだから、土日だってあんまり一緒に遊べない。その事を何回か責めてしまったこともあったけれど、いまは黒尾がどれだけバレーが好きでどれだけバレーに全力なのかを見て実感したから、なにも言わなくなった。以前ならわたしの方からしつこく誘っていたのに。腕を軽く握られる。骨ばった大きなてのひらは、わたしだけのあたたかい居場所だ。
「黒尾、本令なっちゃう」
「な、待ってて。おねがい」
すこしだけくちびるを上げて笑う。おねがいだなんて、それってなんて胸をときめかせる響きだろう。ぐっと小さく詰まらせたあとに、うん、とひとつうなずいた。