カラオケはやっぱり苦手だ。友だちに声をかけられ、断るのが苦手なわたしはそのままの流れでここまできてしまった。近くのファーストフード店で軽く腹ごしらえをして、その後にみんなで歌う。わたしは聞き専のままでタンバリンを何回かシャラシャラ鳴らせていた。
「みょうじちゃんは歌わないの?」
さりげなく及川くんが自分のドリンクを持って、空いているわたしのとなりに座った。少しだけ端にずれて「歌わないよー」と笑った。この妙に爽やかな笑顔がちょっとだけ苦手だったりする。だいたい男子が混ざっているのなら最初からそう言ってもらいたかった。苦手なカラオケに苦手な男子の組み合わせなら、わたしは絶対にキャンセルしていたのに。
わたしの言葉にふーんとだけ言って、ほぼ氷と溶けた水くらいしかないコップの中身をずるずるとストローで吸っていた。なんでわざわざこっちにきたのだろう。明らかに及川くんを目当てであろう子がさっきからこっちをちらりちらりと盗み見ていた。こういうの、本当に嫌いなんだけれど、及川くんは関係ないようでとくになにも喋らずにじっと歌詞が流れるテレビの方を見ていた。
次誰ー、とだれかがマイクを振り回して言う。そのときに、ちょうどイントロ部分が流れてわたしはあ、と顔をあげた。最近のわたしのお気に入りのラブソング。
「はいはーい、俺俺。及川さんっ」
と、彼は立ち上がってマイクを受け取りに手を伸ばす。及川くん、こういう曲も聞くんだなとなんとなく意外に思ってしまった。さらりと歌い終わった彼は、またわたしの隣にすとりと座ってこっちを見てにっと笑った。
「好きでしょ、このバンド」
「うん。なんで知ってるの?」
「みょうじちゃんが好きだから」
さらりと言われたら告白は、周りの騒音にかき消されることなくわたしの耳に届いてしまった。及川くんを見る。くちびるは左右に引っ張られてるけれど、吸い込まれそうなかがやく瞳はゆらゆらゆれていなかった。わたしのことが、好き。はっきり言ったそれはうそではなかったようだった。
「 え、と…」
「大丈夫。みょうじちゃんが男苦手なのも知ってるから無理にとは言わないよ。でも、俺と付き合って後悔なんかぜったいにさせないよ?」
きれいな顔がくしゃりと崩れる。男の人なんかまったく興味がなかったのに、変に心臓がどきどきと暴れて痛かった。人を好きになるというのは、こういう感覚なのだろうか。及川くんも、わたしなんかに心臓が暴れそうになったりするのかな。それならちょっぴりうれしい。そう素直に思った自分に驚いた。
「好きだよ」
その一言は、わたしを壊すには最適なものだった。