案の定、焦げたクッキーにため息をついた。わたしってば不器用さん、とかわいこぶったって目の前にある悲惨な物は変わらない。なんにも変わらない。さて、何回焼いても失敗するのだから諦めも肝心だ。わたしはそのまま、クッキーをボックスにしまうことにした。ラッピングはアルバイト先のおかげでするするとリボンをきれいに巻きつけれた。雑貨屋のバイトが、こんなところに役に立つとは思ってもみなかった。影山くんは受け取ってくれるだろうか。手作りクッキーを作ったのはいいけど、もしかしたら人が作ったものは食べない主義だったらどうしよう。スポーツマンだし無駄なカロリーを摂取しない方なのかもしれない。ラッピングまで終わった不恰好なクッキーを前にして、今更ながらなことを考える。後先考えずに行動してしまうのは、わたしの悪い癖だ。そして、すぐにまあいいかとその考えを放棄することも、わたしの悪い癖だ。





「影山くん」

お昼休み、彼が渡り廊下近くの自販機に来ることを知っている。そしてわたしはそこを狙って、この寒空の下で近くのベンチに座ってお弁当を食べていた。待ち伏せするためだ。
やっぱり彼はそこにやってきて、いつものようにジュースを買うためにお金を入れようとしていた。わたしは、なんの躊躇いもなく影山くんに声をかける。そうすると、彼はいつもの無表情のまま、こっちへと振り向いた。顔を見た瞬間に心臓が飛び上がり、じわじわと緊張が込み上げてくる。焦げ焦げのクッキーを彼の目の前に持っていくと、あれだけ心の中で予習しておいた言葉をすっかり忘れてしまった。

「なんすか」
「えっ、えっと。お誕生日、おめでとう」

おかしい、もっと違う言葉を考えていたはずなのに。もっとなんか、気のきいた言葉だった気がするし、もっとなんか、豪勢に演出しようとも思っていたのに。急に恥ずかしくなってしまって、わたしは差し出したクッキーをそのまま自分のカーディガンのポケットに突っ込んだ。わたしってばなにをやってるんだろう、なにがしたかったんだろう。

「…さっきのなに?」
「え、プレゼント?」
「なんで自分で締まってるん」
「…なんでかな、わたしもわかんないや」

ますます影山くんの眉間に皺がよっていって、ああ、失敗したなあと泣きそうになった。ほらみろ、後先考えずに行動するからこんな目に合うのだ。頭の中でシミュレーションしていたことと、ちがうことをするから。わたしはなんて馬鹿なんだ。ぐるぐるといらんことばっかり考える。こういうときにはもうひとつの悪い癖はでてこないようだ。影山くんの大きな足を見て泣きそうになっていると、ぬっと、これまた大きな影山くんの手のひらが伸びてきた。わたしは顔を上げる。

「なに?」
「なにって、俺のじゃねーの?誕プレ」

ポケットに入れていた手ごと引っ張り出されて、影山くんはわたしの手ごと、持っていった。影山くんのぬるい体温に包まれる。気恥ずかしくてしょうがない。彼はこんなキャラだったっけ、でもまあ、わたしも触れられたことがうれしいからどうでもいい。すぐに考えを放棄する、ここでてたわたしの悪い癖。ラッピングされたクッキーは持って行かれたけど、わたしの手はまだ影山くんの大きな手のひらに包まれたままだった。付き合って1ヶ月、奥手な彼からの初めてのスキンシップだ。

「なんか、わたしがプレゼントされたみたい」
「は?なんで」
「うれしいから。うれしいよ、影山くんが手握ってくれて」
「…うっせ、恥ずかしいからやめれ」

そうぶっきらぼうに彼は言うけれど、握った手はお互い離さないままで。影山くんは受け取ってくれたクッキーを学ランのポケットに入れると、改めて自販機にお金を入れて、わたしの分までジュースを買ってくれた。

「今日、部活終わるの待ってて。家まで送る」
「どうしたの?積極的だね」
「…誕生日だし」

なんだか照れたように笑う影山くんがかわいく思えて、好きだなと素直に思えた。握られた手を、ぎゅうっと握り返す。
さっきまで冷たかったはずの指先から、影山くんの熱がゆっくり伝わってきてしあわせを感じた。


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