白ひげが死んだあの日から、ちょうど1年後に祖父が死んだ。何の偶然か、全く同じ日にちだったのだ。

「これ、本人は喜んでるかも」
「は? 何で」
「白ひげのこと気に入ってたから。海軍のくせに。今ごろ空の上で追っかけてるかも」
「んだそりゃ! おかしなジイさんだなぁ」

軽快に笑いながら、ヘルメッポくんは懐をまさぐってタバコを取り出した。
堅牢な石積みの要塞に見下ろされながら、無骨な港から海軍本部へと続いていく階段の一段に腰掛け、そういう取り止めのない話をしている。
風向きを確かめてから火をつける様子を見て、意外と気が配れる人なんだよなぁと今更なことを思う。冷たい夜の海風が吹き抜ける暗がりの中、マッチの火が数秒赤く燃えて、すぐに消された。

祖父の葬儀を終えた後、少しだけ海を見ながらぼんやりしたくて、港を目指して歩いていた。その時、偶然にも目的地が同じだったらしいヘルメッポくんに行き合って、今に至る。「港のほうに用事?」と聞いたら、ものすごい沈黙の後に「あー、いや、気分転換……そう、タバコ! タバコ吸いにな?」となんだか慌ただしい返事が返ってきた。最近はあんまり吸っていなかったようだけど、まあそういう気分の時もあるのだろうと思って深掘りはしていない。

祖父が海軍を辞めたのは、頂上戦争での大怪我がきっかけだった。そのすぐ後に祖母が亡くなって、祖父は目に見えて元気が無くなったものの、なんだかんだ笑って人生を終えていった。
海軍であるくせに、海賊が好きだという、おかしな人だった。気に入った海賊がいたら、追っかけて自分で捕まえて話をする。
「時代の荒波にわざわざ乗っかっていくバカの気持ちいいところが好きだ」「そういうバカをとっ捕まえて、連中と話をする、その時間が好きだ」と言っていたのを覚えている。
正直めちゃくちゃクレイジーだ。実力は申し分なかったみたいだけど、海賊が好きだという考えを隠さない人だったから、昇進についてはお察しだった。祖父の子である父もまた海兵となったが、祖父を反面教師にして真っ当に務めていたから、私も恵まれた生活をさせてもらえた。そういう家系に生まれた私自身も、海軍に身を置こうと考えるのは、ごく自然な流れだった。
その父は葬儀の後、疲れた様子で先に帰っていった。遅くならないようにとだけ言い残して、友人と私は二人、ここに来てとりとめのない話をしている。

「こんな時代に布団の上で死ねるのはさあ、やっぱり恵まれてるよね」
「まーなぁ。寿命で逝けるならそれに越したこたーねえよ」

友人の、いつも通りの軽い口調が何となく心地よかった。葬儀の帰り、周囲からの気遣うような優しさを受け取るのも有り難かったけど、ヘルメッポくんの気安さに、こっちも心が軽くなるような心地がする。

「おれもできることなら布団の上で死にたいしなぁ」

そう言い切るやいなや、ヘルメッポくんはみるみるうちに真っ青になり、頭と手とを全身全霊全力でブンブンと横に振った。

「いや待て、今のナシ!! ナシだやっぱ!!」
「え、なんで」
「なんでもなにもねーよ、こんなんお偉方に聞かれたら覚悟が足りねえってんで昇進に響くだろぉ!?」
「あはは、そういうことか。私しか聞いてないから大丈夫だよ」

大丈夫大丈夫、と笑いまじりに軽く繰り返す。ヘルメッポくんは、大袈裟なリアクションによってズレたサングラスを掛け直し、深々とため息をついた。

「言うなよ、他のヤツに」
「言わない言わない」

重ねて言いながら、私は心の中だけで彼の言葉を反芻する。

「もちろん、言わないって約束するよ。でも、そういう風に思える人は海軍にも必要だと思う」
「ん?」
「布団で幸せに死にたいってさ……普遍的な人の願いに共感できる人がいたほうが、きっといいんだよ」

少なくとも、私は嬉しかった。祖父のいなくなった現実がいまいち飲み込めないままでいる私にとって、その死に様をすとんと受け止めてもらえたような気がしたからだ。
海軍のくせに、海賊に妙な愛着を持っている祖父のことを良く思わない人がいたことを知っている。そういう人が、祖父の死に様を「ずいぶんとあっけない最期だ」と嗤っていたのも知っている。
だからこそ、明るくてさっくりとした言葉が嬉しかった。小さな火の灯るような心地がしたのだ。

「だからさ、ヘルメッポくんはそのままで良いと思う。そうやって、同じ考えの人に寄り添える人であり続けていいんだよ」 
「……そうかよ」
「うん」

頷けば、ヘルメッポくんは照れたように「ありがとよ」と、もにょもにょ言った。けっこう感情が素直に出るタイプなので、かわいいところがあるよな、と思う。
タバコの煙を軽く吐き出したヘルメッポくんは、口の端をニ、と上げながら腰を上げた。

「んじゃ、今からメシでも食いに行こうぜ。今日は奢ってやるよ」
「わーい! キャビア! ステーキ!」
「やめろ財布カラになるわ! あとそれおれの好物!!」