※rkrn・現代学パロ
※ただのギャグ

「何してんだ体育委員会」
「ギクッ……みょうじ先輩」
「ようみょうじ! 今日も暑いな!!」

湿気と汗で元気のなくなった前髪をのれんのように人差し指で持ち上げながら、扉の向こうに広がっていた奇っ怪な光景にじっとりと目を据わらせた。
教室の真ん中の机に顔を突き合わせていた体育委員会野郎共が一斉にこちらを振り返る様は、なかなかに暑苦しい。
分かりやすく顔を青ざめさせる平とは対照的に、後ろめたさを微塵も感じさせない笑顔でデカイ声を張る七松。額にぺちりと手を当てて「あちゃあ」と同じような顔を並べる中等部の面々。
彼らが囲う机のど真ん中には、一般のご家庭でよく見るタイプの手動ハンドル付きカキ氷機がどどん、と置かれていた。

「……何でカキ氷機?」
「私が持ってきた!」
「やっぱり七松か……」

もはや聞かずとも誰の仕業かは明白だった。
七松が無駄にハキハキと答えたのをため息で受け流しつつ、彼らの作るサークルのそばに寄った。

「いや、ていうか何でカキ氷機なんて持ってきたわけ」
「食べたかったからに決まってるだろう」
「本能で生きてるなホントに……」
「お、褒められた!」
「褒めてないよ」

机の上には、ご丁寧にカキ氷用のカップやスプーンまで用意されている。
カップは、小さいお祭りでよく見るような白いプラスチックタイプのものだ。ペンギンがカキ氷を食べるペイントが施されたいっそモダンなデザインのもの。スプーンに至ってはほぼストローで先っぽだけが申し訳程度にスプーン状になっているようなアレで、一体どこで調達してきたのか不思議なくらい夏祭り感ここに極まれりといった具合だった。何がこいつらを駆り立てているのか。

「あのね、今この時間って、一応委員会活動の話し合いの時間なの。夏休み前最後の」
「ハイ……」

七松以外はしおらしく肩をシュンとすぼませているが、七松はなおも仁王立ちのままだった。委員長とはかくあるべきなのだろうが、しかしやってることに関しては小学生レベル。というか、欲求に対するブレーキの無さは小学生並みなのに準備の良さだけはしっかり年相応なので余計にタチが悪い。

「私は風紀委員だからね、見逃すわけにはいかないんだよね」
「そうだな、しかしせっかく私がダッシュでコンビニに行って買ってきた氷が溶けそうなんだ。とりあえずもう作っていいか?」
「せめて会話のキャッチボールをしてくれ」

もはや会話になっていない応酬に、片手で頭を抱え込みながら溜めに溜めたため息を吐き出した。
こうやって、夏休み前に浮かれてバカをやる生徒を取り締まるべく風紀委員は見回りを行っている。一番やらかしそうという心当たりのあった体育委員会の元に来てみれば、案の定なのだからやってられない。

「ていうか平! 平まで何でこんなことしてんの。中等部のよい子たちが真似したらどうする」
「暴走する七松先輩の手綱を私一人が何とか出来る訳ないじゃないですかぁ〜」

眉を八の字にしてわざとらしいくらい泣きそうな声で訴えるが、しかしこの教室を廊下から覗いた時、平だって目を輝かせていたわけで。

「みょうじ先輩、すみません……僕らもちょっと浮かれてました……」
「すみませ〜ん」
「心配しなくても僕たち七松先輩の真似なんてしませんよぉ」
「私が一番心配なのは次屋、お前なんだけどね……」

しょんぼりと眉を下げる皆本くん時友くんに比べるといくらか反省の色が見えない次屋三之助に一言添えているうち、ビニール袋がカサカサ言う涼しげな音とともに、氷同士がぶつかり合うような豪快な音がすぐ脇で聞こえた。

「え……いや何故作ろうとする! カキ氷を!」
「そこに氷があるというのに氷が溶けそうだからだ!」
「ダメだっつってるだろうが……って言ってるそばから氷を削るな!」

いつの間にカップをセットしたのか、平然とカキ氷を作り出した七松がカキ氷機のハンドルを回す動きは明らかに人間離れしていて、止められる自信がない。目にも止まらぬ早さで高速回転する腕とハンドルどちらに手を突っ込んでも死ぬ気がする。何これ怖い。

「みょうじ、黙って見逃してくれればお前にもカキ氷食べさせてやるぞ」
「は? いや私は別に」
「シロップも色々あるぞ、いちごレモンメロンブルーハワイカルピスソーダ、あと練乳も買ってきた」
「う……」

氷がざりざりと荒く磨り減っていく音に負けないほどの声量で呪文のようにカキ氷のシロップメニューを羅列され、極め付けに練乳ときた。懐かしの夏祭りの味を思い出した私はギリギリの精神で言い淀みながら、それでも口の中は確かに夏氷の味に支配されようとしている。

昨今のカキ氷ブームには無いもの、それはモダンさ。
お洒落なカフェで人気の天然氷使用フワフワカキ氷は確かに舌触りがいい。果実そのままを贅沢に煮詰めたシロップは最早果物そのものを味わっているかのようなみずみずしさがある。友人と共に食べたそのまんま桃氷の味を思い出せば垂涎ものの美味さであった。
だがしかし、果たしてそこには夏祭りの高揚を沈めるための暴力的な粗さ冷たさは無い。いや別に今祭りでも何でもなくて学校だけど。だけどクーラーの設置された教室は未だ数カ所のみという時代遅れ甚だしい私たちの学校において、暴力的な暑さに対抗できるのは暴力的な冷たさだけなのである。今必要なのは確かにフワフワな優しさではない、ガリガリのパワーなのである。

「ほら、何味がいいか選べ。先に食べさせてやるぞ」
「う……」
「素直になりましょうみょうじ先輩! 先輩も本当は食べたいのでしょう?」
「うう〜……」
「さあ先輩! どうぞ!」

平や皆本くんにまで攻め寄られて、寄り切られた私の口からは勝手に「いちごミルクでお願いします……」と動いていた。

「よしいちごミルク一丁!!」
「一丁!!」
「ラーメン屋?」
「ほらみょうじ! 一番目!」

ずい、と氷が山盛りになったカップを渡された。
時友くんが小さな袋からガムシロップみたいな形のカキ氷用いちごシロップを取り出し「みょうじ先輩、どうぞ」と手渡してくれた。

「へー、こんなのあるんだ。お手軽でいいね」
「そうですよねぇ、僕のうちにあったのを持ってきたんです」

和やかににこにこしながら堂々と七松の共犯宣言をした時友くんの末恐ろしさに肝を冷やしながら、氷の山にシロップをかけた。白一色だった山が少し溶けながら人工的な真っピンクに染まっていく。崩れたいちご氷の山の上へさらに練乳をためらわず絞り出し、それは出来上がった。

「う、うわー、夏祭りのカキ氷だ……たまらん……」
「ナハハ、そうだろうそうだろう!! 早く食べろ、溶けるぞ!!」

未だ勢い衰えぬイケドンカキ氷マシーンこと七松小平太は人数分のカキ氷を作るべくハンドル回しに励んでいる。
じゃあお先にいただきます、と一言添えてから、カキ氷の山にストロースプーンを刺した。山が崩れないようにバランスを見つつ、いちごシロップと練乳がまんべんなく掛かったてっぺんのほうを慎重に掬い上げる。
口に入れると、氷の粒が舌の上でじわじわ溶けていくのが分かった。明らかに作り物と分かるいちごシロップの甘酸っぱさと練乳の甘ったるさが口の中で混ざり合っていく。喉元を冷やしながら胃の中へそれを収めると、体の芯が冷やされていくようで心地良い。

「うう、美味しい……」
「ホラ見ろ〜、ここに来て良かったなみょうじ!」
「うん、美味しい……」
「それしか言わないなみょうじは!」

ブルーハワイで青くなった舌を見せながら、七松は大口を開けて笑った。
滑らかな舌触りの天然氷のカキ氷も、あれはあれで心底美味しい。比べる物では決してないのだが、しかしやはりこの、氷の粒が粒として残る感覚はチープなカキ氷機でしか味わえないものなのだ。各家庭で使い古され刃も少しずつ痛みそれでもなお氷を削り続けている、そんなカキ氷機にしか出せない味が今確かにここにあるのである。たまらない、カキ氷万歳。
カキ氷を頬張りながら嬉しそうに笑う後輩に囲まれていると、こんな日があっても良いように思う。さながら本当に夏祭りで食べるみたいなカキ氷の味を可愛い後輩やイケドンな同胞と共有する時間。この時間こそ守られて然るべき風紀であるような気がしてくるから不思議だ。このままずっとカキ氷を食べながら後輩たちとキャッキャしながら七松と冗談飛ばしながら夏休みに突入してしまいたい。もう夏休みでいい気がする。ええじゃないか夏休み。ああ夏休み。

「おい、体育委員会とみょうじ。何してる」

背後から浴びせられた冷たく潜めた声に振り返ると、風紀委員会委員長の立花仙蔵が教室の入り口で仁王立ちしていた。

「あ」

終わった。

その後、私は罰として体育委員会恒例夏休み前特別イケドンマラソンに強制参加する旨を立花から言い渡され、さらに立花にはカキ氷一杯が献上された。お前も食うのかよ。
泣きながら息も絶え絶え死にそうなマラソンを終えた後に七松が作ってくれたカキ氷は本当に命の水といった具合だった。やっぱりカキ氷は最高。でももう体育委員会とは関わらないと心に強く誓った。もう絶対に。

「また一緒に走ろうな、みょうじ!」
「いやもう、ホントにこりごり……氷だけに」
「寒いぞ」