※現パロ

おみくじを引くのには順番があるのだそうだ。
お参りする時、心の中で神様にお願い事をして、その後におみくじを引く。すると、その願い事への答えだったり、アドバイスだったり、とにかく天の神様からの有難いお返事が頂ける、ということらしい。
比較的人の少ない小さな神社までの道すがら、隣を歩く立花先輩が教えてくれたことだ。
さすが先輩は何でも知っていらっしゃると感心していたら、この間車を運転している時に聞いていたラジオで手相占いタレントが言っていたと続いたものだから拍子抜けしてカバンが肩からずり落ちた。

さてそんな訳で、いま現在。
目の前には角がぴったりと折り合わされた白い紙がどっさりと入った木箱がある。
たかがおみくじされどおみくじと、小さな子供から大の大人まで、揃いも揃ってみんな真剣な顔でその箱に手を突っ込むのだ。中身さえ見なければ見た目はまったく同じのそれらから、自分の求める答えが書いてありそうなものを第六感的感覚とでもいうのだろうか、そんな不確かなもので選び出す。
そして、そんな不確かな結果で一喜一憂する。
そう、不確か。

「ぐだぐだ言ってないで早く引け」
「イヤでも」
「でももストもない、早くしろ。後ろが詰まるだろう」

百円玉を入れてから延々と箱の中を漁り続ける私が天の神様に何をお聞きしたかもまるで知らない先輩は、指でこめかみを抑えたりしながらわざとらしくため息を吐いた。
こっちの気も知らないでそんな深いため息を吐かないでほしい、私だって必死なのだから。

「仕方ない、私が引いてやろう」
「は!?」
「よし、これだな」
「えっ、イヤイヤ待って!」

立花先輩はぶ厚いコートの袖をわざわざたくし上げて、慌てて制止するこちらの声に耳を貸そうともせず、私が手を突っ込んでいる箱に遠慮なく手を突っ込んでゴソゴソやり始めた。かと思うと、何の迷いもためらいもなく、勝手に選んだ一枚を箱から取り出してしまった。

「えっ、嘘でしょ……勝手に取りますか普通……」
「お前が遅いからだ」

ほら、と差し出されたそれを箱の中に戻すのもなんとなく気が引けて、しぶしぶ受け取る。他の参拝客の邪魔にならないよう、拝殿の横手に移動しながら、指先でつまんだおみくじをなんとなく開けられずにいる。

「早く見てみろ」
「ちょっと待ってください、手がかじかんでてなかなか……」
「私と天の神様から、お前の願いへの答えだぞ」
「えっ」
「私が選んだおみくじなんだ、そういうことになるだろう」
「そっ…………」

そんなこと言われたら余計に開けづらくなるじゃないか。
思いつつ、何となく口には出しづらくてその言葉を飲み込んだ。
だってつまり、ここに書かれていること全てが、ついさっき私が神様に聞いたことに対しての、神様からの答えであり、さらに先輩からの答えということになる。
私が願ったのは先輩に関わることなので、つまりこれは、かなり開けづらいことこの上ない展開になってしまったということだ。

「…………よく考えてみたらとんでもないですよね」
「は? 何がだ」
「だって必死に願ったことへの答えをこんな、何が出るかわからないギャンブルみたいな方法で知らなきゃいけないなんて神も仏もないですよ……だいたい昔々は生きるか死ぬかを左右する吉凶ですら何かよく分かんないおみくじみたいなもので決めてたんですよね? 日本人って遺伝子レベルでギャンブル好きなんですかねぇ」
「ふむ、まあそうだな」
「ですよね? 怖いですね〜ギャンブラーの遺伝子組み込まれてるんですよ私たち」
「お前、話を逸らそうとしてるだろう」
「え」
「バレバレだぞ」
「げぇ〜……」

先輩の気をおみくじから逸らすことが出来ればと思い、早口で特別意味もないことを並べ立ててみたが、先輩にはそんな小細工は通用しないらしい。そんなこと、心のどこかで分かってはいたのだが、しかしやはりこの紙切れを開くのは勇気がいる。
年明け早々おみくじ一枚にこんなに翻弄されるなんて、もはや今年は前途多難の相が出ているのが明白だ。おみくじに聞かなくてもそれは分かる。

「ええい、もうやぶれかぶれだ!」

気合を入れておみくじを開く私に「おお、威勢がいいな、いけいけ」と適当なことを言う先輩の目に入らないよう、自分の顔の真ん前でおみくじの皺をのばした。

「あっ、大吉だ!」
「おお、よかったな」

半分は私のおかげだがな、と先輩は得意げに胸を逸らしている。「そうですね、ありがとうございます」と適当に話を合わせながら、自分だけがおみくじの内容を読めるよう、出来る限り顔に近づけて書かれている言葉の羅列に目を滑らせた。まずは何を確かめればいいのだろう。

「『一つひとつの行動が願いを成就するための一歩へと繋がる』だと。なかなか良い内容だな」
「え? わあっ!!」

おみくじに集中していたせいで、無理矢理おみくじを覗き込んでいる先輩の顔が近くにきていたことに気づかなかった。外気で冷えているらしい白い頬が触れそうなほど近いところにあって、思わず飛び退いてしまう。

「え、何で見ようとするんですか!?」
「え、逆に何故隠そうとする?」

悪びれる様子もなく、腕組みしながら小首を傾げる先輩は、やっぱり何も分かってらっしゃらない。私が何を願って、誰を想っておみくじを引いたのか。
冴えた新年の空気に冷やされているはずの顔全体が、皮膚の内側からかっかと熱くなっていっているような気がして、先輩に顔が見えないようにそっぽを向いた。
何も、少しも伝わっていないかもしれないという事実に、胸のあたりが鈍く痛む。けれど、きっとこれが自分の今までしてきた行動の結果なのだろう。先輩に向かって、もう少し素直に行動に出られれば、それこそ私の願いは成就するかもしれないのだから。

「というか、私が引いてやったおみくじなんだから私にだってその中身を見る正当な権利があるだろう。さっきも言った通り、このおみくじは神と私からの答えなんだ。私の中での答え合わせだってしたい」
「もう〜いちいち正論……」
「ほら、見せてみろ」

もう勝手にしてください。
心の中で投げやりに呟きながら突き出したそれをいけしゃあしゃあと受け取った先輩は、さっそく一切の遠慮なく、じっくりまじまじと目を通し始めた。

「私お守り見てきます……」

無駄な体力を使ったような気がする。心なしか重くなった足を無理矢理前に運びながら、お守りが売っている社務所に向かった。
砂利をじゃらじゃら言わせながら足を引きずっている私の顔はひどくげんなりしていて、おそらく新年にしていい顔じゃなくなっている。いくつも種類が並ぶお守りをうきうきと覗きこむ人たちに混ざると、それが余計に浮いている気がしてきた。
それもこれも、あの先輩のせいなのだけど。
心の底で悪態をつきながら、それでもなお探してしまうのは赤や桃色のそれなのだから、心底いやになる。

「どれがほしいんだ?」
「わーっ!!」

再び音もなく這い寄る先輩である。
右耳すぐ後ろがくすぐったいような気がして思わず首だけで振り返れば、自分の肩越しすぐのところに先輩の顔があって、心臓を口から吐き出しそうになった。
この人、本当は忍者なんじゃないか? なんて非現実的なことを考えて、それもなんだか先輩ならあり得るかもしれないと思えてしまうのがちゃんちゃらおかしい。

「……立花先輩は忍者になれます」
「なるほど、それも面白いかもな」
「なんか似合いますもんね、忍者……」
「どうした、元気がないな」

大丈夫か、と腰を屈めた先輩に顔を覗き込まれて、すぐ浮かれそうになる自分の単純さに頭を抱えたくなる。そんなめんどくさい心中を察されることのないよう、口を真一文字に引き結んだ。

「まぁいい。ところでみょうじ、お守りは買わないのか?」

手をグーにして握りしめる私から視線を外した先輩は、お守りをあれこれ物色している。

買いたいから見ていたんですよ。
けど、先輩が見ている今、ここで、自分が求めるお守りを手にするのは憚られるんです。

何一つ言葉に出来ずにいる私の心中など意に介さない先輩は「見ろ、桜のお守りだ」と小さな水引細工のお守りをゆらゆら揺らしながら笑っている。綺麗な顔して小さな子供みたいだ。

「うん、私はこれを買おう」

先輩は私に見せた桜のお守りを、そのまま巫女さんに渡した。そして、何故か同じものをもう一つ。
私のもとへ戻ってくるなり、先輩はさっそくお守りが入った紙の袋を開け、一つ取り出したお守りを私に差し出した。
言葉を発することもできず、視線は先輩の手元にあるお守りと先輩の顔とを行ったり来たりしている。

「いらないか」
「え、だって、これ……」

社務所の説明にバッチリ「縁結び」と書かれていたそれを、あくまでサラリと差し出している先輩の考えていることが分からず、けれど確かに欲しかったそれをおそるおそる伸ばした手で受け取った。

「え、何で……?」
「お前が行動に移す気配がないからだ」
「はい?」
「行動の一つひとつが一歩に繋がる年なんだ。もっと積極的になってもいいんじゃないのか」

さっきのおみくじのことを言っていることは、何となく分かった。けれど、その先にある先輩の思惑が、見えそうで見えないところにある。

「積極的な行動、私は大歓迎だぞ」

大胆な言葉とは裏腹な優しい言葉尻に、間の抜けた顔がじわじわと火照り、耳まで熱くなっていく。

それはつまり、どういうことだ。いつまでもはっきりとしたアタックをできずにいた私のために、先輩自らがきっかけの一歩を踏み出してくださった、ということか。
おみくじを引いた時から、私の恋がどうにもおかしな方向へ走り始めている。今日は普通に初詣をして、普通にラーメンでも食べて、普通にお別れする予定だったというのに。これでは、チャンスをくれた先輩のためにも、今日のうちに何かしらの「行動」を取らなくてはならないではないか。

「が……」
「が?」
「頑張ります、何とか……」
「期待してるぞ」

余裕綽綽な笑みを浮かべる先輩は、百面相する私の様子を楽しんでらっしゃる。

「とりあえず何か食べに行くか」

いつか、その余裕の先にある表情を見たいから。
そんな願いを込めて、まずは手始めに。一歩先を歩き出そうとする先輩の手に、手を伸ばしてみた。