◎潮江文次郎と魚釣る話


昨晩仕掛けた置き針には、小魚一匹かかっていなかった。

「だから言ったんだ、はじめっからこうやってフツーに釣るべきだって」

何度目になるか分からない文句を垂れながら、潮江は裸足の足を濡らしながら、川底が透けて見える渓流に糸を垂らした。

忍術学園では、年に数回、こうして生徒たち全員に食材集めが課せられる。
忍びなら、自分の食うものくらい自分で得てこそである。
そういう理由で、生徒それぞれが思い思いに自分の食いたいものを獲ってくる、もしくは採ってくる。それは獣でもいいし、山菜でもいいし、虫でも魚でも、何でも構わない。
二人もしくは三人一組で行う決まりで、今回私は潮江と組むことになった。どーしても魚が食べたいという私のわがままに、しぶしぶながらも付き合ってくれた理由は分からない。
が、潮江は確かに「ラクだし置き針にしよう」という昨夜の私の提案には難色を示していた。

「このところ雨が降らないからな。見てみろ、水量が少ないだろ。おまけに水が澄みすぎてる。こんなんじゃかかるもんもかからん。こうやって自分の手で釣れば、腕次第でなんとかなる」
「それならもっと強く反対してよ〜……」
「これで懲りたろ」

少しは勉強になったか、などと上から物を言いつつ、潮江は釣り上げた魚を足元の魚籠に入れた。そこにはすでに、数匹のイワナやウグイが跳ねている。

「潮江って釣り上手いんだね……」
「まあな。お前はダメダメだなぁ」
「う」

おっしゃる通り、未だに小魚一匹釣れていない私は、魚釣りがヘタクソでセンスが無くて、どうにも釣れた試しがないのだ。
だからこそ、仕掛け罠による置き針でなら何とかなるんじゃないかと思ったのだが、それすら失敗した。

「普通、ちょっと勉強すれば、すぐ釣れるようになるものだぞ」
「急にい組みたいなこと言わないでよ」
「い組だバカタレ」

軽口を叩いていると、竿に手応えがあった。わずかに引っ張られるような感触。それはすぐに強くなった。

「しっ潮江! かかった、どうしよう!」
「どうしようって、ちょっと待て! 落ち着け、手伝ってやるから」
「えっ、でも逃げそう、逃げそうで怖い!」

針に餌となるカゲロウの幼虫をくくっていた潮江は、釣り竿を放り出して駆けてきた。

「あ」

言われた通り大人しく待っていたが、今の今まであった手応えは綺麗さっぱり消え去った。糸が力なくぶらぶらと揺れているのが虚しさに拍車をかけている。

「……お前、本当にヘタなんだな」
「だから! そうなんだって! さっきから言ってるじゃん!」
「ヘタっていうか不運なんじゃないか?」
「……魚に嫌われてるのかも」
「ふ、はは」

腹を抱えて笑い出した潮江につられて、私も体の力がいっぺんに抜け、へたり込みながら笑った。

「ま、もう少し粘るか。何事も経験だ」
「うん、もうちょい頑張る」
「よし」

潮江は、頷きながら私の背中を叩いた。その力が存外柔らかで、どちらかというと優しく触れるような動作だったことにちょっとだけ動揺した。
一瞬遅れて、そういやあの手、さっきまで幼虫触ってたんだよなと思って、違う意味で動揺した。