僕が10代も半ばの男子にしてはあまりにも情けない叫び声をあげてしまったのは、仕方のないことだと思う。

もうすぐ街にたどり着くであろうことを励みにひたすら足を前に運んでいたら、木の影から急に何かが飛び出してきたのだ。驚きすぎて尻餅をついた上に情けない叫び声をあげてしまった僕を見下ろしていたのは、人ほどの大きさの何かだった。野生のポケモンだろうか?というかポケモンであってほしい。なにか霊的なそれでなければなんでもいいから頼むから。おそるおそるズレた眼鏡を直し、焦点を合わせた。

「え、あ、なまえさん…?」
「ピンポン、大正解」

満足気に笑うなまえさんは、驚かせてごめん、と手を差し伸べてくれた。驚きすぎて腰が抜けるかと思われたほどで、まだ足が震えていたが、その手をとってなんとか立ち上がる。

「まさかここまで驚くとはね、予想外だった」
「いやぁお恥ずかしい…」
「いやいや、いい反応ありがとう」
「時になまえさん、一体その格好は…?」

なまえさんはだいたいいつも旅に相応しいラフな格好をしている。これはいつ如何なる時もなまえさんを影から見守っている僕がいうのだから間違いはない。しかし今日の彼女は違った。頭には魔女のような、ところどころギザギザになっている帽子、首元には赤く丸い宝石が施されたストール、服は裾がふわりとした紫色のワンピース。なんというか、とても既視感がある。どこかで見たことがあるような…。

「あ」
「ん?」
「ム、ムウマージ…?」
「おお、またまた大正解、さすが。そんなコウヘイくんにはこれを進呈しよう」
「え、あ、えっ?」

なまえさんは抱えていた籠のようなものから一つ、また一つと何かを取り出し、僕の手元へ押しつけ続ける。なんだなんだともう持ちきれないほどいっぱいになった自分の手の中を見ると、それらはすべてお菓子だった。マリル模様のキャンディにパンプジンパッケージのパイ、ジュペッタの顔を模した棒付きのチョコ、その他諸々。

「いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます…でも何故こんな大量のお菓子を?」
「コウヘイくん」
「はい」
「バトルオアトリート」
「は、はい?なんです?」
「お菓子くれなきゃバトルしちゃうぞ」
「へ?」
「今年のハロウィンは、全国各地のトレーナーの間でこの言葉が流行っているらしいよ」

そこでようやく、僕の中ですべてがつながった。なまえさんの仮装のわけ、大量のお菓子、謎の言葉。
つまりはすべて、今日がハロウィンだから。
ハロウィンは、イッシュ地方では昔から魔除けの一種として行われていた行事らしい。近頃はイッシュに留まらず、少々趣を変えてシンオウやカントーなど、多くの地方で流行している。コスプレや、お菓子をくれなきゃイタズラ云々。こうしたノリの行事のだいたいはあまりにも縁遠すぎて完全に頭からすっぽ抜けていた。自分で言っていて悲しくなるが、事実そうなのでしょうがない。
それにしても今更すぎるが今日のなまえさんは非常に可愛い。寒くて風邪をひいてしまうのではと心配してしまうほどのふわふわワンピースに大きな魔女ッ娘帽子。ムウマージのコスプレというチョイスが最高です、ありがとうハロウィン。生まれて初めてハロウィンという行事に感謝した。

「なんでも、バトルをして負けたほうは、勝ったほうに好きなお菓子を買ってあげるらしい」
「なるほど」
「私としてはまだ手に入れていないハロウィン限定のヒトモシケーキを食べたいところなんだけど…さ、お菓子かバトルか、どっちを選ぶ?」

不敵な笑みを浮かべて、なまえさんが僕の顔を覗き込む。つまり彼女は、僕からそのヒトモシケーキとやらをもらいたい、もしくは僕とのバトルに勝って、ヒトモシケーキを手に入れたい。そういうことか。
それならば、もう答えは一つ、考える間でもなかった。

「すいません、今なまえさんからもらった分のお菓子しか持ち合わせがないんです、だから」
「うん」
「バトル、お願いします」
「コウヘイくんならそう言うと思ったよ」

なまえさんは待っていましたとばかりに、ニヤリと笑った。僕の頭の中や思考回路を完全に把握されているようで、やはりこの人にはあらゆる意味で敵わない。

「そうと決まれば」
「え、わっ!?」

なまえさんがガサゴソと籠から何かを取り出したと思ったら、いきなりがばっ、と頭に何かを被せられた。

「な、なんですかコレは」
「ゴルバットのフード付きのケープだよ、可愛いんだコレが」

頭の上のあたりを触ってみると、確かに耳のような形の飾りがちょこんと二つ、ついていた。目線を少し上にずらすと、フードのふちには牙がついている。もちろん、白い布で出来た作りものだけど。
よく似合ってるよ、なんていうなまえさんの声は心なしか浮かれていて、彼女の意外な一面を垣間見た気がした。ああ、こういう行事もいいなぁ、なんて思って自分まで浮かれてきてしまって。我ながら単純だ。

「今日は負けなしなんだ」
「ほお、ならこれで一敗を喫するかもしれないですねぇ」
「言うね、楽しみだ」

なまえさんの笑顔に見惚れつつ、いくつもの戦略が頭の中を駆け巡って止まらない。どのポケモンでいく?どの技を使う?浮き足立つ心を制して僕はようやく一つ、モンスターボールを取り出した。

「さ、始めようか」
「はい!」

お互いの投げたモンスターボールが、日の光の中でキラリと光った。