※現パロ


クリスマスだろうとなんだろうと、社会人にとってはただただ平日なのだ。特別なことが起きる訳でもないし、不運な人間が不運から逃れられる訳でもない。

「……大丈夫?」

アパートの入り口前で、うつ伏せで地面に這いつくばっている伊作を目の前にした私はそれを痛感していた。

特別な日だから特別に早く帰れるなんてことはなく普通に残業をし普通に帰って来た私の右手にはいつも使っている愛用のバッグ、左手には小さいけれど真っ白で清潔感のある箱。この中には、デパ地下で美味しいと評判になっているケーキ様が鎮座なさっている。クリスマス用の、雪のように真っ白なクリームに、イチゴがこれでもかとひしめき合っているもの。店の白い光を浴び、艶めく輝きを放つイチゴは冗談抜きで宝石と同格の輝きを放っていた。
実際目の前にした時は仕事の疲れもあってか、1ホール1人でイケそうなどという夢のようなことを想像し、1人でテンションが上がった。しかし明日も仕事があるのに胃でもやられたらマズイと思い直し、きちんと現実を見た私は自分の分を一切れ、そしてもう一切れ。合計2切れのケーキを買ってきていた。

今目の前で地面と仲良くして起き上がる気配のない伊作から少し離れたところにも、その店と同じ箱があった。
この状況を見ただけで、なんとなく、色々と察することが出来る。何らかの理由ですっ転んだ伊作が、持っていたケーキの箱を宙に放ってしまった。そして重力に逆らえず無惨にも地面に叩きつけられたのだろう、伊作も、ケーキも。
万有引力恐るべし。伊作の不運も恐るべし。

「伊作? ねえ大丈夫?」

起き上がろうとも、顔を上げようともしない伊作のそばにしゃがみこんで、再び声をかける。肩を軽く揺すってみるが伊作は顔を上げず、しかしようやく声を発した。

「……僕も1日仕事を頑張ったじゃない?」
「うん」
「それでさ、帰りにケーキでも、って思うじゃない? クリスマスだし」
「うん」
「そしたらこうなるじゃない?」

未だに地面にべったりな伊作の声は意外にも淡々とした、しかしなんだか機械のような無機質なもので、それがまたもの悲しい。神様も今日くらいは善法寺伊作の不運をとっぱらってくれてもいいよなぁと、私まで妙にしみじみしてしまう。

「伊作、あのさ」
「ん?」
「私も同じケーキ買ってきたんだ」
「え、ホント?」
「うん、だからホラ、早く部屋行って食べようよ。寒いし、いつまでも地面と仲良くしてないで」
「考えることは同じだねぇ」

伊作はにこにこと笑いながら、やっと起き上がってくれた。立ち上がろうとする伊作に手を貸そうと彼の手をとる。ずっと冷たい地面とくっついていた伊作の手は指の先から手のひら、とにかく全面キンキンに冷えていて、砂で少しざらついていた。いつからああしてたんだ一体。
立ち上がった伊作は、さっきまで地面に張り付いていた人間とは思えない穏やかな顔をしている。ケーキ1つでパッと立ち直れる精神力はやはり、日頃の不運に鍛えられているためだろうか。

「伊作ってそんなに甘いもの好きだっけ」
「うーん。まぁ、普通に」
「ふーん?」
「いや、なまえも同じケーキ買ってたんだ、って思ったらなんか嬉しかったんだよね」

なんだ、そんなことで。思いつつ、私もその言葉だけで嬉しくなっているのだから人のことは言えない。部屋に戻ったら、温かい紅茶を淹れよう。二人分のカップを出して、ケーキをお皿に乗せて。
クリスマス、必ずしも特別な何かが起きる訳ではないけれど、いつもと少し違う時間を作ることは出来るんだ。そう思って嬉しくなっていたら、前を歩いていた伊作がまたも転けそうになった。さすがに勘弁しろ。