※現パロ


まるで深い水の底からゆらゆらと水面に上がってくるように目が覚めた。小さいが鈍い痛みを抱えた頭を抑えながら習慣的に時計を見る。午前11時、30分くらい。まだ辛うじて昼前の時間を示す時計から目をそらすと、机の上に見慣れない包みと、手紙だろうか?封筒のようなものが一つ。その正体を確認しようと寝惚けた頭のままとりあえずベッドから抜け出て、包みのほうを手に取る。シンプルな赤の箱に金色のリボンがかかっていて、いかにもイイ物であろう雰囲気のそれを解いて中を検める。
そこにはココアパウダーがまんべんなく塗してあるチョコレートが規則正しく綺麗に収まっていた。生チョコだ。ラッピングはバレンタイン仕様のもので、そこで今日がバレンタインデーであることをはたと思い出した。バレンタイン当日は休みだからと、昨日の仕事休憩中に上司であるハンジさんからチョコレートを貰ったことも思い出した。チョコレートと言ってもコンビニやスーパーで売っているごく普通の板チョコだった。しかもそれでホワイトデー何倍返しかなぁなんて言いながら去っていくものだから胃がキリキリと痛み出したことまで思い出した。思い出したくなかった。
今俺が手にしているそれからふわりと漂うチョコレートの甘い、そして少し苦いココアの香りが鼻をくすぐるが、さて自分はこんなもの買っただろうか。

いや待て、というか俺は昨日の夜何をしていた?確か仕事仲間で同じアパートに住んでいる、なまえさんと2人で飲みに行って、それで色々話を聞いてもらって、それから俺はどうやって帰った?ん?おかしいぞ記憶が曖昧、どころか帰ってきた記憶がない。
顔から一気に血の気が引いて、背中から嫌な汗が出た。汗といえば何故か冬だというのに部屋の中は暖かい。そういえばいつもは寒くてなかなか抜け出ることの出来ない布団から出るのも、まったく億劫じゃなかった。ゴオゴオと音を立てる暖房は一体いつからついていたんだ。慌てて一緒に置いてあった封筒を開けると、簡素なメモ帳が1枚に、写真のようなものが1枚。

「なん……っだこれぇぇぇ!!」

思わず叫んで写真を机に叩きつけた。封筒から写真を取り出すと、ベロベロに酔った真っ赤な顔で誰かの腕にすがりつく自分の姿がこんにちは。気持ち悪いなんだこれ。なんか俺泣いてるしなんだこれ。ほんとになんだこれ。勘弁してくれと頭を抱えながらメモ帳のほうもおそるおそる捲ってみる。

この酔っぱらい。

この一言である。黒のボールペンでサラサラと、淡々と。
まずい。何がとはハッキリ言えないがとりあえずまずい事態になっていると察した時にはもう体が動いていた。酒の残る重だるい体を引きずりながら大急ぎでドタバタと家を飛び出した。



「それで今に至ります…」
「そうですか」
「そうです…」
「頭大丈夫ですか?」
「すいません頭スカスカなダメ人間で…」
「違います頭痛とかしませんか?って意味です」
「あ、ああそういう…いや少し痛いですけどあの、一体何が何やら…」

大慌てでなまえさんの住む部屋へ走った。地面を蹴るたび頭に響いて頭痛は酷くなる一方だったがそんなことに構っている暇はなかった。とにかく昨日自分がどうやって帰ってきたか、である。ほぼ確信していた。俺は絶対この人に迷惑をかけにかけまくっている。いざ対面した時のなまえさんの白い目からしてもう色々察した。とりあえず謝らねばと玄関先で頭を下げまくる俺をなまえさんは部屋に通し、温かいお茶まで出してくれた。もちろん気まずくて、手はつけられずにいる。

「どこまで覚えてます?」
「え…とりあえずどうやって帰ったのかはわからないです」
「あの写真の時は」
「………あの腕なまえさんですよねごめんなさい覚えてないです本当ごめんなさい」
「あんまりにもベロベロで面白かったんで近くのコンビニでプリントしちゃいました」
「しちゃいましたじゃないですよ面白くないです!!…あいや、ごめんなさい全部俺が悪いです」
「そうですね」
「それであの…俺はどうやって帰って来られたんでしょうか」
「いつものようにハンジさんへの愚痴を垂れ流しながら飲んでいたんですけど、飲み過ぎて帰る頃にはフラッフラだったので腕支えながらなんとかモブリットさんちまで行ってモブリットさんに鍵開けてもらって、とりあえずベッドに投げ捨てて帰ろうとしたら」
「帰ろうとしたら……?」
「あの写真の状態です」
「ああああやっぱり!!もうごめんなさい!本当にごめんなさい反省してますちなみになんか変なこと言ってたり……」
「帰らないでくださいよぉまだ話は終わってないですー!って言ってました。すいません鍵もかけずに出てって」
「…いえ……」

終わった。俺の馬鹿。週末で疲れきった体に酒いれまくるから。優しく仕事の愚痴を聞いてくれていたなまえさんも、これにはほとほと愛想も尽かしに尽かし切って失望するしかないだろう。何度頭を下げたって俺がダメ人間だという印象は消えないしベロベロに酔い潰れて彼女に迷惑をかけたという事実は消えない。苦い思い出と一緒に終わっていくんだ、さよなら片思い。

「…モブリットさんって、酔っぱらうと誰彼構わずああいうこと言うんですか?」
「へ?」
「帰らないでとか、腕にすがりついたりとか」
「それはもう本当にすいませんでした…」
「答えになってないです」
「え、あ、いや…しない…と思います」
「本当ですか?」
「ほ、本当、です…」
「…ほんとのほんとですか?」
「あの…女の人と二人で飲みに行くことってなまえさん以外ない、ので…」
「そうですか」

心なしか少し弾んだような声色にまさかと思いつつもとりあえず安心した。今日会ってから1度も笑うことのなかった目が少し緩んでくれたことにほっとして、その表情に少しときめいたりやけに顔が熱くなったり。

「今度からはきっと、いや絶対気をつけますから…あの、懲りないでまた一緒に行ってくれますか?」
「…新しく駅前に出来た飲み屋さん連れてってくれたら許します」
「も、もちろん!!」
「モブリットさんがいつもハンジさんに振り回されて大変なのは、十分知っていますから」
「はは…」
「あ、置いていったバレンタインのやつ、見ましたか?」
「はい、やっぱりあれなまえさんだったんですね、ありがとうございます!あとでゆっくりいただきます」
「倍返し期待してますね」

なまえさんがバレンタインにチョコをくれたことに嬉しくなり頷きつつ倍返しという言葉に俺は思った。変なところで上司に似ないでください。