ホウエン四天王のゲンジといえば、厳格な雰囲気、バトルにおける圧倒的なまでの強さ。溢れ出るそれらを抑えることなく、トレーナーを待ち構える四天王の砦。
そうした印象の強さからか、世間の人には祖父が甘党で大の甘味好きだということはあまり知られていない。

カフェに行けばブラックのコーヒー、ではなく砂糖入りのホットミルク。チョコレートはビターより何よりマイルドな甘さのミルクチョコレート。

と、こんな具合に、とにかく甘いものには目がないのだ。尊敬するおじい様がそんな味覚の持ち主だったため、私はバレンタインには毎年、お父さんや友達だけでなく、おじい様にも手作りのチョコレートをプレゼントしていた。
四天王という立場にあり忙しい上、さらに船旅が好きでなかなか捕まらないおじい様だから、この日だけは会ってほしいと言ってある。
毎年2月14日は、おじい様に会える日なのだ。
恋人が出来ようが、とりあえずおじい様に会う約束を優先する。だって私はおじい様が大好きだし、それにちょっとだけ下心をのぞかせてしまうと、おじい様も毎年私へのチョコを用意してくれるから、というのも理由のひとつ。これが普段私が行けないような地方の珍しいものだったり、とても手の出せない高級なものだったりと、私の手作りとは釣り合いの取れないような代物なのだ。四天王ってすごい。

そんなわけで、今年は私も少し頑張ってフォンダンショコラというやつにチャレンジしてみた。一見ただのチョコレートケーキなのだが、サクリとフォークを刺すと蕩けたチョコレートが出てくる、というもの。難しそうで遠巻きにしていたが少しでもレベルの高いものをと思い腕をふるってみた。おじい様のためならばと前々日から練習を重ねておき、本番はバッチリ焼き上げることが出来た。味見をしたら、自分でいうのもアレだがなかなかの味になっていた。
おじい様が身に纏うコートのような色合いの、青い包装紙でラッピングをし、それを入れた紙袋にもリボンをかける。柔らかいタッチで描かれたチルットのイラストが散りばめられたメッセージカードと共に、これを渡す。
うん、我ながら今年は完璧なのでは?と思いニヤニヤしていたらお母さんに呆れられた。仕方ないのだ、大切な誰かにプレゼントを用意するのは、喜んでもらうために頑張るのは、とても楽しいのだから。



「ん、美味しい!」
「そうか、それは良かった」
「さすがおじい様オススメのお店、雰囲気もとても素敵ですね」

今日、2月14日。私はおじい様オススメのカフェに連れてきていただいた。
中でもイチ押しだというガトーショコラをいただいたのだがこれがもう逸品だった。ちょこんとミントの葉がのっかった生クリームは甘さが控えめで、柔らかな甘みの、けれどしっかりした生地のガトーショコラによく合っていた。口の中で、その二つだけが混じり合う。単純なそれがどんなお店のガトーショコラより美味しく感じた。上品だけどどこか素朴な味わい。抑えられず、ほう、とため息が出た。それくらい、このガトーショコラは美味しい。
味わいながら食べていたはずだというのに、あっという間に1切れを平らげてしまい、目の前のお皿は綺麗に真っさらになった。本当に美味しいものはすぐになくなってしまう。

「あ、私からも……どうぞ」

こんなに美味しいものを食べた後に自分の手作りを渡す、というのも、なんというか、勇気がいる。私が作ったものもそれなりに美味しく出来たとは思うけれど、当然味で勝てる訳はない。しかし作ってきて今更渡さないのも嫌だし、気持ちの面では誰にも負けていない。
言い聞かせながら、おずおずと紙袋を差し出す。

「ああ、ありがとう。毎年すまんな」
「いえ! 毎年私も楽しいんです、何を作ろうか考えるの」

まぁ、ここのガトーショコラに比べたら味は落ちますけど……と自嘲まじりに溢すと、おじい様は紙袋の中身を一瞥し、私に向き直る。

「可愛い孫が作ったものというだけで、ここのガトーショコラとは比べものにならんよ」

そう言っておじい様は、口の端を少し上げてみせた。向けられた柔らかな表情や、かけられた言葉は、おじい様の想いの全てが詰まったみたいに、心に深く沁み渡る。
そう、私はおじい様の、こういうところが。

「大大、大好きです!!」
「うむ」