私が一口齧ったそれは、もう元の形の半分ほどになっていた。にもかかわらずそれは本来入っているはずのものは入っておらず、甘めに調整された餡子のみが詰まっていた。これはいちご大福のはずなのだ。

事の発端は、私と勘ちゃんのケンカだった。お付き合いし始めて、なんともベタなことに3ヶ月目でケンカになってしまった。それまでは本当に、ただただ幸せで仲良しだった。すごく幸せだった。幸せすぎて離れたくなくなって、私は課題をサボった。勘ちゃんもサボった。結果は当然先生からの罰則。それが原因、とはならずむしろ二人仲良く罰則をクリアし、以後気をつけようと笑い合い、外にうどんを食べに行った。そこでケンカになったのだ。
私はうどんといえば月見が定番で、あのぽってりとした、その名の通り月のような黄身を崩す時の幸せ、とろりと崩れた濃厚な黄身と淡白な白身の具合がちょうど良く絡まり合うあの感触、あの味。

うどんといえば月見だよね、と、その一言である。

そんな何気ない呟きが勘ちゃんの耳に入り、その瞬間きつねうどんを食べ終えた勘ちゃんは口にはしないまでも、「何言ってんだこいつは」みたいな目で見てきた。「うどんといえば月見ー」なんて呟きに対して何故そんな顔をされなければならないのか。あの時の勘ちゃんの目は、仕事をサボってぐうたらする鉢屋を見る時と同じだった。鉢屋と同じ扱いなんてこの野郎。私はついムッとして勘ちゃんにつっかかってしまった。

「何よその顔は」
「いやだって、月見がうどんの定番って…どう考えてもきつねだろ?ちょっとありえないわ」

その時の勘ちゃんの顔ときたら、今思い出してもはらわた煮えくり返る。人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた、あの顔ときたらそりぁあもう顔面に飛び膝蹴りを喰らわせてやりたくなるほど腹が立った。というか、喰らわせて逃げたけど。

と、まぁそんなくだらない理由でケンカになり3日が経とうとした今日。授業を終えて自分の部屋に入った私はそれを見つけた。机の上に、包みと置き手紙。置き手紙には、この間はごめん、なまえこれ好きだったよね。ちゃんと仲直りしたい。と。どう考えても勘ちゃんである。私が今ケンカしてる相手は勘ちゃんしかいないし、文字の感じがもう勘ちゃん。包みは私の好きなお店の、いちご大福。勘ちゃん、覚えててくれたんだ。しかもわざわざ私の部屋に来て、置いていってくれた。バレたら罰則だってあるのに…なんて少し涙が出そうになり、包みを破りふくふくとしたその白い大福を口に押し込んだ。

いちご大福、と書かれた包みに入っていたはずのそれはただの大福で。いやただの大福ももちろん美味しい。だけど、いちご大福だと思って口に入れたものにいちごが入っていなかった時の衝撃、裏切られた感。想像を絶するものである。それにこの甘さの餡子はいちごの甘酸っぱさと組み合わさってこそのもののはずだ。口の中にただ甘ったるい味が広がる。
ひょっとしてこれは、勘ちゃんの悪戯なのでは。うどんは月見が一番だという私の味覚に対する悪戯なんだ、きっと。わざわざいちご大福と普通の大福を買って、中身を入れ替えたんだ。ひどいあんまりだ。勘ちゃんとはうどん以外の、お菓子とかの趣味は合っていたのに、うどんの所為で…ちくしょう!なんかもう叫ばずにはいられなかった。ドタバタと部屋の外に出て、庭に向かって叫んだ。

「勘ちゃんのアホー!!」
「えっ」
「え」

まさかのご本人登場である。タイミング良すぎ、いや悪すぎ。にっくき相手勘ちゃんは塀から顔を覗かせたままポカンとしながら円らな瞳で私を見ていた。なんだその可愛い顔は何も知りませんみたいな顔しやがって!!

「勘ちゃん、私をからかってそんなに楽しい!?」
「か、からかう?」
「いちご大福に細工してまで私をからかって!そんなに楽しいですか!!」
「は?細工って、何のこと?」
「い、いちご大福にいちご入ってない悲しみ、勘ちゃんなら分かると思ってたのに…」
「ちょっと待って俺だいぶ取り残されて…えっ、あ!なまえ泣い…!?」

何だかもう勘ちゃんにからかわれたこととか3日ぶりに見た勘ちゃんの姿とか色々ごちゃごちゃになって、目の前の景色が滲み出した。塀によじ登る勘ちゃんの姿もぐにゃりと歪んだ。顔をちゃんと見られないけど、声が焦ってる。
もうダメだいちご大福如きで泣くアホ女だと思われた…うどんで馬鹿にする勘ちゃんも大概だけど…。あれ、私たち似た者同士なんじゃね?などと考えていたら涙で歪んでいた景色が群青に覆われた。それは勘ちゃんの制服の色で、少し甘い匂いが鼻を掠めて、私はようやく勘ちゃんが私を抱き寄せてくれていることに気づいた。温い、久しぶりに感じた勘ちゃんの体温。小さい子にするように、背中をぽんぽんと優しくたたいてくれた。

「なんかよくわからないけど…ごめん、落ち着いた?」
「うん…なんで勘ちゃんここにいるの?」
「いや、なまえの部屋に置いたやつ気づいたかなーって思って、ちょっと覗いてたら突然アホと言われて…」
「ご、ごめん」
「いやいいんだけどさ…えっと、いちご大福にいちご入ってなかったって…」
「うん」
「なまえの部屋にあれ置いたのは俺だけど、実はいちご大福買ったのは俺じゃないんだ」
「えっ」
「伊作先輩なんだよ」
「えっ!?」

聞けば勘ちゃんは冷静になって考えれば全面的に自分が悪かったと反省したらしい。いやそこは冷静にならなくても分かれよと思ったが、何も言うまい。
そして謝ろうとは思ったものの私を相当怒らせてしまっただろうと考えた勘ちゃんはそれはもう頭を抱えて悩んだらしく、たまたま通りかかった伊作先輩が見かねて相談に乗ってくれた。そして優しい伊作先輩はちょうど自分で食べようと買ってきたばかりのお菓子を、仲直りのきっかけにして、と勘ちゃんにくれたらしい。伊作先輩優しすぎるだろ。いやしかし、つまりそれは。

「伊作先輩は不運だから、多分買ったいちご大福にいちご入ってなかったんじゃないかな…」
「不運すぎる…というか普通にクレームもんだよそれは」
「な…とりあえずなまえ、一緒にいちご大福買いに行こう。んで、俺の相談に乗ってくれたお礼に、ちゃんといちごの入ったいちご大福を伊作先輩に食べさせてあげよう」
「そうだね、ちゃんといちごの入った大福や卵の乗った月見うどん、おあげの乗ったきつねうどんを食べられる幸せを噛みしめよう…」
「だな…」

かくして私たちは無事仲直りに至った。勘ちゃんは勝手にくのたまの敷地に入ったから罰則を受けたけども。
伊作先輩の不運は誰かの世界を救うこともあるらしい。