突然ゴルバットが私の横を通り抜けたと思うと、何故か行く手に立ちふさがった。さっきから何か嫌な気配がするとは思っていたが、背後から声をかけられ、その気配の正体に気付く。

「お前ロケット団だろう?」
「大人しく有り金全部置いていくなら通報しないでいてやるよ」

仕事の内容上、二手に別れることになった私はブソンと別行動をとっていた。普段も、悪の組織は金を持っている、なんて考えをした馬鹿な賊がこうして絡んでくることがあった。その度、やはり二人で相手を再起不能にしてきたのだ。
しかし今は一人だ。相手はあからさまにガラの悪い3人組。彼らの周りには、ボールから出たゴルバットが、計10匹。おそらく一体一体は別段強い訳ではないだろう。数を揃えれば、といういかにも弱い人間の考えそうな…思わず出たため息に男達は苛立ったようで、馬鹿みたいに凄んでみせた。

「おい、さっさとしろ」
「それとも俺らと戦ってみるか?あ?」

この数には勝てないだろう、という自信に満ちた表情が癇に触る。時間はかかるが、一人だろうがこんなくだらない賊など、二度と私の前に現れることが出来なくしてやろう。
ボールに手をかけた、その時だった。

「な、なんだ!?」

目をみはるほどの業火がゴルバットたちを襲った。賊は呆気にとられているが、この辺り、何かいる。その炎に焼かれたゴルバットたちは、全てぼとぼとと地に落ちた。
辺りを見回すと、草むらから何かが飛び出してきた。ポケモンかと思ったが、その影は人の形をしていた。飛び出したそれはそのまま賊に突っ込んでいく。殴るや蹴るやでぼこぼこと。呆気にとられる私の前で次々に倒れる彼ら。



「チンピラ…にしては弱いかな」

彼ら全てが地に伏すまで、その間一分にも満たなかった。しかも、こともあろうにその人影の正体は女性だったのだ。女性に助けられたのだ、男の私が。
ゴルバットを倒した炎は、彼女の相棒の仕業だったらしい。

「大丈夫ですか?」

感謝の念を押し退けてやってきたのは、羞恥。とにかく女性に助けられたというのはどうもバツが悪い。そもそも助けてほしいなどと思ってもいなかった。
それに私の制服の、赤いRの文字を見れば、私が名の知れた悪の組織の一員であることは明白なはずだ。

「…何故私を助けたのですか」
「…ん?」

私を見つめる彼女は、怪訝な表情をしている。ひょっとして、気がつかなかったのか。

「男!?」
「は…?」
「声が低いし…え、あ、いや…」

無言の圧力をかければ、目を泳がせる彼女はおずおずと口を開く。
聞けばどうやら彼女は私を女だと勘違いしていたらしい。遠目に長めの髪が目に入って、顔立ちも綺麗だったからつい…と、そんなことを言い、苦笑いする彼女を前に、私はまったく笑えない。女性に助けられた上、私自身が女性に間違われるとは。確かに中性的な顔立ちは自負していたが、まさかこんな形でプライドを破壊しに来るとは。

「も、申し訳ない…」

謝りつつ、彼女はハンカチを私に差し出した。血が出ている、と右頬の辺りを指差した。自分の頬に手をやると、本当に血が滲んでいた。おそらく、ゴルバットの翼が掠めたとか、そんなところだろう。
大したことはないし、結構ですと押し返そうとした手に無理矢理ハンカチを握らされた。

「あぁそっか、ロケット団か…」
「ええ」
「まぁでも、悪事働いてる現場に居合わせた訳じゃないし、あの状況じゃ、被害者はあなただし」

私がロケット団だという事実は案外どうでもいいらしい彼女は、屈託なく笑った。
そういえば、助けられた礼をまだしていない。不本意ながらも、彼女に助けられたのは紛れもない事実だ。ありがとうございます、という声に被さって聞こえたのは、聞き慣れた私を呼ぶ声だった。ブソンだ。

「仲間?」
「ええ」
「じゃあもう大丈夫かな」

私は行くよ、と言って、彼女は自分のポケモンをボールに収めた。

「さようなら、ロケット団のお兄さん」

その場を離れて歩き出す彼女の背中をぼんやり眺めていたら、再びブソンに名前を呼ばれ、我にかえる。

「…そっちの仕事も終わりましたか」
「あぁ…いや、あれ誰だよ」
「あ…」

そういえば、名前を聞くのを忘れていた。自分も名乗っていないし、彼女自身が何者なのかさえ分からない。
しかし必ずこの借りも、手の中にあるハンカチも、いつか返そう。また、会えたなら。