※城主館の女中という設定
 

荒木様が猫を撫でている。

すごい絵である。
いつも剣の鍛錬をしていらっしゃる竹藪の中で、いつもの仏頂面の無表情のポーカーフェイスで、猫を撫でている。
どうしたものか。朝餉の用意が出来てもいらっしゃらない荒木様を呼んでいくるよう、御領主さまに頼まれたものの、こんな現場を前にしては声をかけようにもかけられない。
声をかけたとして、その場で叩っ斬られたりはしないだろうか。
普段は御家来衆の中でもトップオブ無愛想な荒木様が、猫と戯れているところなんて見てしまった日には、口止めのために殺されかねないのでは。

私の中の荒木様像は、そんな感じなのだ。
とにかく口数が少ない。笑ったところを見たことがない。だいたいいつも我関せず。
御領主様含め、他の方々は女中の私にも気軽に話しかけてくださる。だがこと荒木様に関しては、本当にほとんど関わりがないのだ。

さてどうしたものかと腕組みしたまま俯かせていた顔を上げると、いつの間にかこちらに気付いていたらしい荒木様とバッチリ視線がかち合った。顔から血が無くなるレベルで血の気が引いた。

「もっ…………申し訳ございません」

とにもかくにも謝罪をと、膝に額が付きそうなくらいに深々と頭を下げた。いやしかし、私は何に対して謝っているんだろう。たまたまこんな現場に居合わせてしまっただけだというのに、こんなことになってしまうなんてツイてなさすぎる。だが向こうはそんなこと知ったこっちゃないだろう。顔を上げた瞬間になますかもしれない。嗚呼、南無三。

という、最悪なタイミングで、荒木様の手をすり抜けてきたらしい猫がこちらにやってきてしまった。

「あっコラ、空気読んで! 今来たらダメなヤツでしょどう考えても……!!」

私の足元にすり寄ってきた猫は、こちらの焦りなどどこ吹く風である。
慌ててしゃがみ込んで「私じゃなくて荒木様! 荒木様のほう! ほれ、ゴー!」とけしかけたが、猫は私の足元で呑気に腹を見せている。
ヤバイ。横恋慕。
などと冗談にならない冗談を胸の内で呟きながら荒木様のほうをそっと盗み見ると、意外なことに、荒木様はそれこそ驚いた時の猫のように目をぱちぱちと瞬かせていた。

「あ、あのう……?」
「懐いてるな」
「エッアッハイ」

喋った。
これまで「ああ」くらいしか返事をしてくださらなかった荒木様が、言語を返してくださった。

「あ、あの、この猫、館の鼠を狩ってくれているようなのです。それに、田畑に沸く害虫とかも……だから私、時々お礼に魚の骨を細かく粉状にしたものを与えておりまして……」

猫との関わりを包み隠さず話してはみたが、荒木様は表情を変えずに黙って私の話を聞くばかりだ。

「あの……城主館ともあろう場で、勝手に獣に施しなどして、申し訳のしようもございません。このこと御領主様には……」
「殿はそういうことは気にしない」

凛々しく整った眉を少しも動かさずにそう言うや、荒木様は視線を微妙に猫のほうへ向けた。気がした。

「あ、の……荒木様は、猫がお好きなのですか?」

おそるおそる、顔色を伺うように聞いてみると、プイ、とそっぽを向かれてしまった。

「寄ってきたから触っただけだ」
「そ、そうなのですか」

あ、ちょっと可愛い。
なんて思ってしまったことは死んでも口に出来ないけど、私が思っているより、荒木様はもう少し親しみやすい方なのかもしれない。

「朝餉の用意が出来て御座いますので、お越しください。皆様お揃いです」
「ああ」

いつも通りの二文字が返ってきて、口元が緩む。以前は素っ気なく思えていたそれが、ずいぶん柔らかく聞こえた気がした。

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