■ ■ ■

「ごめんね...みょうじさんとは友達でいたいから」
「ううん、こっちこそごめんね。...それじゃ、」
何とか笑顔を取り繕って、困ったような笑顔を浮かべる彼にひらひらと手を振る。泣き出したり騒いだりしないわたしの様子に安堵したのか、彼は申し訳なさそうに会釈すると歩いていってしまった。その背を見送って、ちいさくため息をひとつ。
...フラれました。それも随分呆気なく。よくあるただの片思いで、こうなることはとっくに想定済みで。相手には既に付き合ってる人もいるし、玉砕するのは分かり切ってたはずだったんだけど、…ああ、やっぱり、痛いなあ。ずきずきと痛む胸を押さえて、小さくあーあ、と呟く。こんな痛み、知りたかったわけじゃないんだけどなあ。さっきしえみちゃんに今日は奥村先生に任務が入った所為で塾も休みになったらしいって聞いたし、このまま寮に帰ってふて寝しよう、そうしよう。うん、とひとつ頷いてよろよろと立ち上がる。そうして重い足を引きずって廊下を歩いていると、見慣れたピンク頭が目に入った。「志摩くん!」と叫びながら取り敢えず飛びつくと、小さく「うわっ」と声が上がる。
「え、なに、なまえちゃん!?どうしはったん...」
「わーん、志摩くんの馬鹿。エロ魔神。ばーか」
「志摩、お前今度はみょうじに何かしたんか」
「え、坊!違いますって〜!っていうか何ですか今度はって、俺そんなしょっちゅう問題起こしてるつもりないんやけど!子猫さんも何か言ったって、」
「志摩さんの日頃の言動を見る限り、僕にフォローは入れられへんと思いますけど...」
わたしの唐突な悪口ともなんともいえない言葉を聞いて、勝呂くんや三輪くんは志摩くんに胡乱な目を向ける。...三輪くんは地味に辛辣だと思う、志摩くんはさしてダメージを食らっているようには見えないけれど。あの3人は幼馴染みだと聞くし、慣れの賜物なんだろうか。そう考えつつ、「んー、志摩くんは何もしてないよ。ごめんね、気にしないで」とその背中にかじりついたまま訂正すると、「何や、そうやったんか。すまんな、志摩」と勝呂くんが悪びれる様子も見せずに謝った。その横で三輪くんもぺこりと頭を下げる。
「あー、まあ気にせんといてください、坊も子猫さんも。それと、俺ちょっと遅くなるんで先帰っててください」
言葉を切った志摩くんはこちらに振り返って、わたしに視線を合わせてから「それで、なまえちゃんはどうしはったん?話聞いたげるから着いてきぃ」と言葉を続け、自然な仕草でするりとわたしの腕を取った。


手を引かれるままに連れて行かれたのは学園からほど近い小さな公園で、言葉はないまま二人でベンチに並んで腰掛ける。
「それで、なまえちゃん...どうしはったん?」
柔らかい声で訊ねられて、...数分後、わたしは志摩くんに泣きついていた。
「...そっか、」
事の次第を理解した志摩くんが呟くように言う。その言葉の素っ気なさに何だか無性に腹が立って、わたしは更に言い募った。
「なによ〜、結局さあ、志摩くんだってしえみちゃんとか出雲ちゃんみたいな可愛い女の子が好きなんでしょ〜!」
...ああ、わたし、すっごく嫌な女だ。口に出してしまってから、すぐに後悔の波が襲ってくる。二人とも大事な友達なのに、こんな風に引き合いに出して、...今のわたしはすっごく、嫌な奴だ。実に可愛くない。こんな性格だからフラれちゃうんだろうなあ、なんて、分かってはいたけどやっぱり落ち込む。じわり、視界がまた涙に滲んでいくのが鬱陶しくてぎゅっと目を瞑ると、何かふわりと暖かいぬくもりがわたしを包んだ。背中に腕を回して抱きしめられて、わたしはやっとその温かさの正体に気づく。
「...え、っと、志摩、くん...!?」
「なまえちゃん、」
耳許で囁くように言われて少し擽ったい。
「なまえちゃんは、ちゃんと可愛い女の子やで」
あやすようにポンポン、と頭を撫でられて、その手の優しさがまたわたしの緩みきった涙腺を刺激する。
「ぐすっ...ごめ、...志摩くん、制服、」
「おん。ええから、気にせんと泣き」
今度は優しく背中をさすられて、言われるがままにわたしは彼の肩に顔を埋めてぐすぐすと泣き続ける。
「志摩くん、ごめ...っ」
「ええって、俺がしたくてしてるんやし。ある程度までは泣いてしもうたほうがすっきりするやろ」
柔らかい声で紡がれたその言葉に甘えて、わたしは暫くの間泣き続けた。
「...ほんとに、ごめんね。勝手に八つ当たりして、慰めてもらっちゃって」
「ああ、気にせんといてな。俺、なまえちゃんは笑ってるほうが好きやから」
どうにか泣き止んでからそう言うと、柔らかい声で返事が返ってくる。
「ん、...ありがと」
泣き疲れた所為だろうか、段々と瞼が重くなってくるのを感じる。抱きしめられていることもあって、その温かさがまた眠気を誘うのだ。
「ええよ、寝てて。ちゃんと女子寮まで送ったるし」
その言葉を最後に、わたしの意識はゆるゆると融けていった。
「...俺やったら、泣かせたりせえへんのになぁ...」
薄らいでゆく意識の中で、そんな言葉が聞こえたのは気の所為...なんだろうか。


「...俺やったら、泣かせたりせえへんのになぁ...」
すっかり眠りに落ちてしまったなまえちゃんの髪をなんとはなしに撫でながら呟く。...きっとこの言葉も想いも、彼女に届いてはいないのだろうけれど。
「ほんまに寝てもうたわ...」
すよすよと眠るなまえちゃんの、閉じられた目元に光る涙をそっと拭う。幾ら同じ祓魔塾に通う友人だとは言っても、こうも無防備に眠ってしまわれると、むくむくと悪戯心が首を擡げてくる。警戒を解いて眠ってくれるのはそれだけ信頼されていることの現れなんだろうけれど、何の警戒もされないのはつまり男だと意識されていないということでもあって。そう思うと少し悔しくて、もどかしくて。俺だって君のことが好きなただの男なんやで、そう呟きながら先程まで撫でていた髪を一房手に取り、そっと口づけた。なまえちゃんが目を覚ましていないのを確認すると、杜山さんに女子寮の入口で待っててもらうように連絡を入れる。そして、起こしてしまわないようになまえちゃんをそっと抱き上げた。まあ、今ここで目を覚ましてくれて恥ずかしそうに顔を赤くするなまえちゃんを見られたら、それはそれで僥倖ではあるけれど。そんなことを考えながら、俺はなるべく揺れが響かないようにゆっくりと部屋を出た。

グッバイメランコリー


...待って、何、今の、どういうこと。
わたしは熱を持った頬を押さえて、ぽつりと呟いた。

そんなに深くなかった眠りは、不意に聞こえてきた志摩くんの「好き」の一言ですっかり覚めてしまって。でも目を覚まして何を言えばいいのか分からなくて、わたしは必死に眠っているふりをして。それに気づいているのかいないのか、志摩くんはそのまま女子寮の前までわたしを運んでくれて。連絡を受けて待ってくれていたしえみちゃんに取り敢えずロビーのソファに座らせてもらって、志摩くんの姿が完全に見えなくなってからわたしはそろそろと起き上がった。
「わ、なまえちゃん!目が覚めたんだね、」
「しえみちゃん、ありがとね!...その、わたしちょっと部屋に戻ってるね!」
少し驚きつつも笑顔を浮かべて此方を覗き込むしえみちゃんに慌ててそれだけ言って、返事も待たずにわたしは慌てて部屋に逃げ帰った。
そして今、さっきまでの志摩くんの言動を改めて思い返して、咀嚼しなおして。

「...待って、何、今の、どういうこと...」
わたしは部屋のドアにずるずると凭れて、すっかり赤くなってしまっているであろう頬を両手で押さえてそう呟いたのだった。

さっき...「君のことが好き」って、志摩くん、そう言った...!?っていうか髪にだけど、その、キス...されたし、...待って脳味噌の処理速度が追いつかない。ぐるぐる廻る思考の中で、好きって言った志摩くんの声だけが何回も再生される。頭がパンクしてしまいそうだ。赤く染まった顔を誰にともなく隠すように、布団に思い切り顔を埋める。
...ああ、どうしよう、頬の熱が、当分引いてくれそうにない。

aoex、志摩くん初書きでした!キスする場所には意味があるそうで、髪へのキスは「思慕」という意味を持つんだとか...以上蛇足でした!

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