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※主人公が高校生へと成長後の話です。



それは思わず眠りそうになるうららかな日だった。忙しかったテスト期間も終わった週の土曜日、私は蘭と園子と一緒に約束のショッピングに行っていた。

土日だからか、そのショッピングモールのイベントスペースには人だかりが出来ていて、案の定ミーハーな園子が「ちょっと何やってるのか見てくる」と言って飛び出していった。

「もうちょっと園子!……しょうがない、凛行こ」
「ええ」

いつもの事ながら園子の行動力に呆れて、2人で苦笑いをしながら歩いて追いかける。人混みから園子の姿を見つけると、園子は追いついた私達の存在を認めて人だかりの先を指さした。

「あれ何?将棋?」
「……それにしては将棋盤?は紙だし、指してる人居ないけど」
「詰将棋じゃない?」

おそらく参加者らしき人達が紙を持って会場にある幾つかの紙の盤面を険しい表情で見ている。きっと答えをそこに記入するのだろう。

何とも盛り上がりに欠けるこのイベント。

シュールな絵面だな……。

そう思って眺めていると服の裾をツンツンと引っ張られる。

「何?」
「あんたどうせ将棋も出来んでしょ?せっかくだからやって来なさいよ。もしかしたら面白いもの貰えるかもしれないし」
「ええ……」

「そこのドリンク買って待ってっから」と言って園子は蘭を連れて近くのタピオカ屋に入っていく。私に拒否権すら与えず嵐の様に突き進んでいく園子に大きな溜息を吐きながら、受付に記入シートを取りに行った。

正直、興味が無かったといえば嘘になる。それを知ってか知らずか参加させてくれた園子には感謝だ。

早速最初の問題に取り掛かる。

詰将棋はパズルの様なものだ。相手のいる将棋と違って詰めへの道筋が決まっている。個人の思惑が介入しない詰将棋は頭を空っぽにして挑めるから好きだ。そしてその後に本将棋で相手の思考に触れる行為が1番好きだ。その方が1番近くで触れられる気がする。

1つずつ確実に解いていく。難易度はそれ程難しいものでは無いからそれなりに全問正解者は居るのではなかろうか。

まあ、そうじゃなきゃショッピングモールのイベントには出来ないか。

最後の問題に引っ掛けがあり時間はかかったものの詰まるわけでもなく解き終えることが出来た。

うん、15分で全部解けたのは中々良いんじゃない。

メッセージアプリで近くの木の下で待ってる旨の連絡が来たので、係の人に解答用紙を渡すと答え合わせがされた。

「凄い!全問正解ですね!!参加賞と、あとこれを引いてください」

参加賞は頭に王将の駒のついたボールペンで要らないなと思いつつ、言われた通りに福引きのレバーを回す。

「金!特賞です!おめでとうございます!」

カランカランとベルを鳴らされ思わず固まった。周りにいる全員が一斉に此方を向いた。

集まる視線に嫌気が差していると係のお姉さんに「PASS」と書かれたカードの様な物を渡され、「14時にこちらにもう一度お越しください」と言われた。

これは何なのか詳しい事を聞きたかったが、それ以上にこの何とも言えない雰囲気から逃れたくてそそくさと退散する。

「で、どうだった?」

タピオカミルクティーを飲みながらスマホをいじっている園子にボールペンを見せれば、「そんなダサいの要らないわよ」と突き返され、蘭にも苦笑いで返される。

「あとこれ持って2時に来てって」

と言ってさっき貰ったカードを出せば、園子にしげしげと見られる。

「あと1時間くらいか……。軽く食べてからまた来ましょ」

彼女の興味レーダーに引っかかったようで、特に時間がかかる事についてお小言がなかった。

「なんだろうねー」
「せっかく特賞取ったんだから良いやつじゃないと!」
「取ったの私なんだけど」
「気にしない気にしない」

ガハハハハとあのトップ財閥のお嬢様とは思えない豪快な笑い声を出してズンズンと歩いていく園子に、また蘭と2人で苦笑いをしてついて行く。

この時ショッピングモールの看板やホームページを見ていれば気づいただろうに誰一人その思考に辿り着かなかったのだ。

きっとテスト終わりというのとこの暖かな気候のせいだ。



「今回の詰将棋イベント、特賞を獲得された小田切凛さんです!」

2時少し前に戻ると、司会の声であれよあれよという間に壇上に上がらせられる。すっかり他人事で此方に向かって手を振ってくる2人に、裏切り者とジト目で返すと2人はわかりやすくそっぽを向いた。

「……という事で、小田切さん。意気込みは?」
「え?」
「これからの対局について何かありませんか?」

そう言ってマイクをこちらに向ける司会。蘭と園子を見つけることに気がいって司会の話を聞いていなかった私は慌てて「頑張りたいです」と告げる。

これ誰かと対局するの?聞いてないんですけど!!

何か情報が、情報が欲しいと思ってキョロキョロと辺りを見回すが、分かるのは将棋のイベントにしては人が多いのと観客達が皆誰かを心待ちにしているという事だけ。

大した情報を得られぬまま立ち位置を移動させられる。ついにその相手に相見えるのだ。

「それでは登場して頂きましょう、先日王位戦を勝利し五冠となられました羽田秀吉名人です!」
「は……?」

パチパチパチと大きな拍手、歓声と共にやってきた彼は、私の10年前以上の記憶からそれほど変わっていなかった。いや、メディア向けだからか凛々しい顔つきではある。

企画立てた人間、馬鹿じゃないの???たかだかあのレベルの詰将棋で五冠と対決させるなんて無理に決まってるでしょ。

間違ってもこんなショッピングモールのイベント程度で指していい人間では無い。

それに……。

幾らイベントだからと言って秒殺に決まっている。アマでもない人間と競わせていいレベルでは到底ない。

まさかの人物でこれからの対局が嫌すぎて頭を抱えていると、私の姿を認めた秀吉が目を丸くさせて声を出そうとする。

慌てて「喋ったら殺す」と手話で伝えると、秀吉口に手を当て大袈裟に頭をブンブンと縦に振った。

良かった、秀吉が手話分かって。それにしても……。

現実逃避をしたくて蘭や園子を見るが、目を輝かせて此方を見ているのが分かった。

……逃げ場が何処にもない。

そう思っている間にも秀吉へのインタビューが行われながら時間は過ぎていく。

「これからの試合、太閤名人はどうでしょうか?」
「はい。この詰将棋の問題は私が考えたもので、最後の問題なんかは変化を特に難しくしたので、それが解ける方とならとても良い勝負ができるんじゃないかと思っています!」
「そうなんです!今回の問題は全て、太閤名人が作ってくださった問題で、最後の問題は正答率が10%だったんですよ!だから先ずこの特賞を引ける方が出てくるのかと我々心配で心配で」

冷や汗をかいて喋る司会の様子に、ワハハと会場が笑いに包まれる。

難しいとは思ったけど、そこまでとは思ってなくて……。ああ、ハードル上げないで。

この体になって初めてと言っても過言では無いほどに、背筋に冷たいものが走った。

……すぐ負ける試合なんかやりたくない。

会場の熱気から少しでも逃れようと下を向く。秀吉へのインタビューが続いていく。

「それでは太閤名人。最後に意気込みを」
「久しぶりに手合わせが出来て本当に嬉しいです。全力、で臨みたいと思います」

それは、明らかに私に向けたメッセージだった。

久しぶりの対局だなんて、プロ棋士にそんなことがあるはずが無い。

メディア向けの、だとしてもつい先日タイトルを獲得し、秀吉は引っ張りだこだ。私の記憶だけでも2週間前のネットの放送で打っていたはずだ。どの程度の期間で「久しぶり」になるのかは分からないが、それでもどれも当てはまっていないように思えた。

私との対局ということを除けば。

1ヶ月なんてそんなもんじゃない。13年だ。13年振りに対局する私に向かっていったのだ。

私に言ってくれた言葉を無視には出来ない。

意を決して顔を上げれば、そこには昔見た笑顔があった。

「それでは持ち時間1時間。太閤名人は早指しになります」
「「よろしくお願いします」」



* * * * * *



はー、負けた負けた。完敗。40分も対局を持たせただけ褒めて欲しい。

思わずキッと見上げればいつかのように溶けた顔をする秀吉が目に入り、手刀も出来ずに目を逸らした。

壇上を降りれば蘭と園子に迎え入れられる。そのまま帰ろうかと思えば、係の人に引き止められ、話しているうちにイベントが終わったらしい。

「いた!り、凛た「初めまして、太閤名人」」

駆け寄ってきた秀吉を笑顔で制す。喋るなと顔で語れば秀吉は乾いた笑いを発したあと口を閉じた。

「″小田切″凛です。憧れの太閤名人と対局が出来て夢のようです。サイン貰ってもいいですか?」
「あたしも、あたしもお願いします!」
「……あ、ああ。いいですよ」

まるで牽制のような挨拶をする。これだけでさすが私の言いたいことが分かったようで、それ以上は何も言ってこなかった。

「はい、どうぞ」
「わあ!ありがとうございます!」
「いいんですか!?私たちにも」
「ええ、私ので良ければ。ではまた」

そうしてにこやかに別れる。帰り道は秀吉の話題で2人が盛り上がる。

流石は太閤名人。JKにも知られている程知名度があるらしい。

「凛のおかげでめちゃくちゃ良いもの貰っちゃったー」
「本当本当。何処に飾ろうかな」
「あんた達ねぇ……。……あ」
「どうかした?」
「い、いえ何でもない!!早く帰りましょ」

色紙の裏側の下の方に電話番号が書いてあるのが見え、必死に手で隠す。

分かりやすく書きすぎ。マニアに売りつけるわよ。

バッグに入らず、仕方なく適当なお菓子を買ってその紙袋に一緒に突っ込んだ。



その夜、電話をかければ嬉々として毎日のように携帯が鳴るようになった。

……やっぱり売りつければ良かったかもしれない。

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