小説 | ナノ

「幸村君って蝶みたい。」

ふと口にした言葉で、蝶の様な彼はこちらへ視線をちらりと移した。


 蝶が止まる花の名は



学校で一番空へと近い場所、ここは屋上。屋上には季節を彩る色とりどりの花達が、生徒だけではなく、空をもきっと楽しませているだろう花壇がある。
そんな花壇の手入れをしているのは美化委員。こんなに綺麗な花壇にするのにはきっと、たくさんの時間をかけ、見えない多くの愛情を注いでいるのだろう。とても、素敵な委員会だと思う。そしてそれは委員会だけではない。委員に入っている人もとても、素敵な人達で。

そう、例えば私の隣にいる蝶の様な彼、幸村精市がその良い例だ。彼はうちのテニス部の部長であり、とても強いテニスプレイヤーである。本当はとても強い、なんて言葉では表してはいけないんだとは思う。幸村君だけでなく、うちのテニス部はとても強いのだ。けれどそんなテニス部の中でも一番強いのが彼。

「俺が蝶?」
「うん、蝶みたい。」

幸村君は強い。もちろん、それは周知の事実。しかしそれはテニスコートに立つ幸村君であり、こうして私の隣で花を愛でている幸村君はとても穏やかで、思わずテニス部部長である事を忘れてしまいそうなくらいで。

強くて、けれど穏やかで優しい幸村君。
そんな幸村君だ、彼を好きだという子は後を絶たない。そして私も、その中の一人。だからこそ、幸村君を蝶と例えたのかもしれない。

幸村君に目を遣れば、側には華やかで綺麗な子や可愛い子達。側にはいないが、遠くで幸村君の姿を見ている子もたくさんいる。そして、その子達が幸村君を見る目は私と同じで。

「ふわふわ飛び回って、人の目を引き付ける所とか似てるよ?あと、なかなか捕まえられない所とかも似てるかも。」

冗談めいた口調でそう言えば、幸村君も「そうかな?」なんて、優しく笑いかけてくれる。そんな笑みを隣にして、ぼんやりと考えるのは花の事。幸村君が蝶だったら、彼がその羽を休めるために止まる花はどんな人なんだろう、と。

薔薇の様に気高い子だろうか、それとも百合の様に清楚な子だろうか。チューリップみたいに愛される子や、秋桜みたいに可憐な子かもしれない。

「…俺が蝶なら、苗字さんみたいな花に止まりたいな。」
「そっか、わた……私?」

聞き逃すはずなどないが、それでも思わず聞き返してしまう幸村君の言葉。

「うん、苗字さん。俺、いつも明るい、君の笑顔が好きなんだよね。」
「あ、うん。えっと…どういたしまして?」

ちぐはぐな返事を返しているのは自分でも分かっている。けれど一体、どう返事をすれば一番いいのかなんて分かりっこない。
隣では幸村君の小さな笑い声。からかわれてるのかもしれない、もしくは、私が意識しすぎなだけなのかもしれない。だけどあぁ、もう幸村君の顔を見る事が出来ない。

ふわりと、視界には可愛らしい蝶が映る。ひらひらと気ままに遊んでいた蝶は一輪の小さな花に止まった。

今までの会話を思い出させるその光景。この胸の高鳴りがもっと酷く響きそうで、そんな事はありえないのだけれど聞こえてしまいそうで。

私は、じっと花壇の花を見つめる事しか出来なかった。




 蝶が止まる花の名は