小説 | ナノ

初めて、告白というものをされた。けれど、ごめんなさいと言うより他なかった。

他に、好きな人がいるんです。


 夢か、現か。



それは昼休みの事だった。
違うクラスの、少し話をした事がある程度の彼。正直、告白されるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
ごめんなさい。と言った理由は酷く簡単で、他に好きな人がいるから。今まで好きな人がいる、なんて友達にも話した事はないけど、断る口実でも何でもなく実際に好きな人がいるのだ。

まだ昼休みの時間は十分ある様で、教室からの楽しそうな声が漏れてくる廊下を一人ぼんやりと歩く。頭の中で、ぐるぐると際限なく回り続けるのは先程の彼の事。
好きとか嫌いとか、そういう事を考えている訳ではない。かといって、申し訳ないと思っている訳でもない。漠然としてはいるが彼の事を、凄い、そう思っているのだ。自分の思いを口にするのは簡単な事ではない。それなのに、好きだと伝えてくれた彼。

暖かい午後の日差しが柔らかく差し込む廊下で、無意識に吐き出されるのは重い溜息。なんて、不釣り合いな構図なのだろうか。

「…苗字?」

不意に、名前を呼ばれて立ち止まる。「柳、君…。」

顔を見上げなくても、顔を見ずとも声だけで誰だか分かる。そう、その声の主は柳君。

「何かあったのか?沈んだ顔をしている様に見えるが…。」
「あ、いや…。あったというか、なかったというか…。その…、」

確かに、無意識に溜息が出てしまう程の事が、あるにはあった。けれどそれは悩みという程のものではなく、上手く言葉に出来ずに口ごもる。

「何かあった確率は90%以上、というところだな。…苗字さえ良ければ生徒会室へ行かないか?確か先日、生徒会顧問の先生に頂いた菓子がまだあったはずだ。どうだ、少し食べていかないか?」

優しい笑みと、言葉が私に向けられる。そう、こんな風にさりげなく気遣ってくれたりと柳君はとても優しい。

沈んだ気持ちがふわりと、少し浮上する。

「…少しだけ、食べたいかも。」
「あぁ、それなら行こうか。」


私の言葉にくすりと笑い、生徒会室へと歩きだす柳君。隣へ並んで歩きだせば、柳君が歩く速さを自然と合わせてくれる事が分かる。
こうして、私にもとても優しくしてくれる柳君。そんな彼の隣を歩きながら思うのは、やっぱり彼が好きなんだという事。
好き、というたった二文字の言葉。けれどその言葉はとても重く、口に出すのが怖い。そんな事を考えていれば自然と浮かんでくるのは先程告白してくれた彼。

浮上した心が、ほんの少しだけ沈む。



「今持ってくるから、どこか適当な場所に座っていてくれ。」

生徒会室へと案内され、適当な椅子に腰掛ける。手にはここへ来る前に買った飲み物。柳君の背を見ながら、渇いていた喉を潤す。


「…告白、されたの。」

不意に口から出てきた言葉は、言うつもりのなかった言葉。けれど、一度口に出した言葉をなかった事には出来ない。

「…そう、か。それで、何故沈んだ顔をしていたんだ?」
「多分……色々考えすぎてたんだと思う。今まで告白なんてされた事なかったし。」

一瞬、間を置いて柳君から言葉が返ってくる。
お菓子を手にして、こちらへ近付いてくる柳君。コトンと目の前に置かれた箱には美味しそうなクッキーが綺麗に並べられていて、落ち込んだ気分を和らげてくれる。

「こんな事、聞くべきではないかもしれないが…苗字は告白に応えたのか?」

お菓子に手を伸ばしながら、ふるふると首を横に振る。
告白してくれた彼の気持ちに応えられる訳はないのだ。だって、私が好きなのは他の誰でもなく、隣にいる、柳君で。

「そうか。…苗字には確か好きな人がいないのだろう?それならあまり気に病む必要性は、」
「いる、よ。…好きな人。」

柳君の慰めの言葉を遮ってまで口にした言葉は、これまで誰にも言った事のない言葉。これだけでも、こんなに苦しいのに、心臓がドキドキと音をたてているのに。
こんなに近くにいるのに、好きだなんて、言えない。


「ふむ。苗字に好きな人がいるとは初耳だな。」
「うん…誰にも言った事ないから。」
「そう、か。しかしそれは…残念、だな。」

不意に、柳君が椅子から立ち上がる。
残念、という台詞に疑問を抱きつつもクッキーを口に入れれば、ぽん、と頭に手が乗せられる。
どうしたのかと疑問の言葉を口にするよりも先に、柳君の声が耳に届く。

「好きな人がいないのなら、と俺なりに努力もしてみたのだが…好きな人がいるのなら仕方ないな。」

ぽんぽん、と再度優しく頭を撫でられる。それと同時に届いた言葉は正しく理解出来なくて。

「あ、あの!柳君、その……それって、」

思い切って後ろを振り向けば、そこにはいつもと変わらない、けれどどこか悲しげな表情の柳君がいて。
今までとは、比べものにならない程の鼓動が感覚を支配する。都合の良いように解釈してるだけか、それとも、これは出来すぎた夢なのか。


「…俺の好きな人は、苗字だからな。」



 夢か、現か。