小説 | ナノ

「今日は一日天気が悪く、雨が降り続くでしょう。」

愛想の良い天気予報士が、残念そうに話していた朝のテレビ番組を、雨音が響く静かな教室で彼は思い出していた。


 雨が止むまで


 
彼自身や担当している部活動の生徒達とは全く違う、ふんわりと微かな甘い香りが鼻を擽る。それは脳を、理性を甘く優しく、けれど恐ろしい程確実に刺激し崩壊させていく。

一体、どうしてこんな状況になったのかなんて、麻痺した頭ではもう思い出せない。分かるのは背中に回された細い腕、彼の胸の中に納まっている華奢で柔らかな身体。そして、触れた唇の温かさのみである。
二人は所謂両思いである。勿論、それは彼の独りよがりな思い込み等ではなく彼女も承知の事。けれどいくら両思いだとしても、例え義務教育が終わっていたとしても、この教師と生徒という本来交わることのない関係は変わらない。理解していたはずのこの関係。しかし、キスをしてこうして今も彼女を抱き締めているのは間違えようのない事実。あろう事か、もう一度彼女の唇に触れたいとさえ考えている。

「あの、先生。」
「…な、もう一回してもええ?」

普段、彼女は多くの生徒と同じ様に「オサムちゃん」と彼を呼ぶ。けれど口から出た敬称はいつもの呼び名ではなく、それは彼を犯す甘い毒となる。心地良い背得感に溺れるのを誤魔化す為だろうか、彼女の耳元で普段よりも低く呟き、そのまま答えを聞かずに再度唇を重ねる。先ほどまでの躊躇いは外の雨に掻き消されたのだろうか。一度目よりも、長く、甘く続く口付ける。

拒むことなくキスを受け入れる彼女に、もっと深く口付けても良いのかと大きく気持ちが揺らぐ。大事にしたいという想いと、乱れさせてしまいたいという想いが交錯する。良い大人なはずなのに、まるで盛った中学生や高校生の様。いっその事、同じ学生だったらこれほど悩まずに済んだのだろうか。



「今日は一日天気が悪く、雨が降り続くでしょう。」

その言葉通り、雨は教室の窓を叩くのを止めない。雨が上がるのが先か、それとも理性が崩れるのが先か。



「もうちょい、雨止むまで…な。」

雨は、まだまだ止むことを知らない。



 雨が止むまで