◎彼と少女が出会った日
それはずっとずっと前のこと。
自他共に認める天才で、20世紀で最も偉大な魔法使いが立派な髭を持つ前のこと。
彼と少女は出会った。
「こんにちは」
「・・こんにちは」
5、6歳にしては落ち着いた、いや落ち着きすぎた反応で、彼は少し驚きながらも、見慣れぬ東洋の(確か着物と言ったか)服を着た、裸足の少女の隣に座った。
少女は"変わっていた"。
一本角と牙が生えて耳も尖っていた。
小鬼、だろうか。
しかし自分の知る小鬼とは明らかに異なっている。
それでも彼は気にならなかった。
少女の複雑な感情を宿した目を見たからかもしれない。
「なぜ隣に座るのです」
「なんとなくだよ」
「暇なんですね」
「そうかもしれないね」
彼の返答に少女は拍子抜けしているようだった。
しばらくじっと彼を見つめると、飽きたように真っ青な空を見上げる。
彼と少女は時々会話をして過ごした。
「こうやって静かに空を眺めるのは気持ちがいいね」
「・・そうですね。私も嫌いじゃないですよ」
「ほら、あの雲を見てごらんよ。美味しそうなパンみたいだ」
「・・ぱん?」
「なるほど、大体理解しました」
「今度一緒にパンを食べに行こうか」
「・・いいのですか」
「ああ。好きなだけ食べていいよ」
「あなたはどうしてこんなところに」
「なんとなくだよ。暇つぶし。君はどうしてこんなところに?」
「さあ。気がついたらここにいました」
「・・君のご両親が心配しているのでは?」
「両親はいません」
「・・そうか。辛いことを聞いたね」
「いえ。気にしていません。元からいない存在だと思っていましたから」
彼は知らぬ間に、少女から目が離せなくなっていた。
なんとも言えぬ心地よさと、時々姿を見せる少女の脆さに。
彼女をひとりにしてはいけない。
己の本能がそう告げている。
気がつけば手を差し出していた。
少女も少女で彼のことを気に入っていた。
自分の知る人間とはひと味もふた味もちがう彼に。
彼と過ごす時間は穏やかでどこか満たされていくようだった。
「君が良かったら、私と一緒に来るかい」
「あなたに何の得があるのですか」
「君のこと、放っておけなくてね」
「・・まあ、私と同じであなたは孤独な人ですからね」
「・・孤独か。そんなこと、言われたこともなかったが・・そうかもしれないね」
「あなたの周りの人間の目は節穴なんですかね」
「・・今更だがまだ名乗っていなかった。私の名はアルバス。アルバス・ダンブルドアだよ。君は?」
「好きに呼んでください。私には名前がありませんから」
「・・愛支。君のこと、愛支と呼ぶよ」
「愛支ですか。・・気に入りました」
それが彼と少女の長い長いつきあいの始まりの日だった。
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