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「バ〜ボン!会いたかったよ〜!」

黒のタートルネックに黒のプリーツスカートという組織が好みそうな格好で現れた女は、男の姿を確認するとピョンピョンウサギのように跳ねながら、30メートルは離れていたはずなのに、たった3歩で目の前に現れた。情報としては知っていたが、随分とばかげた身体能力をしている。

「すっごく会いたかったんだからね!バーボンとお仕事したいなって言っても、ラムは「待て」ばっかりで全然一緒の仕事を回してくれないし!」

長い髪を後ろで束ねているからか、彼女の髪は馬の尾のようにゆらゆらと揺れていた。

「はは。それは嬉しいですが、ツーマンセルの相手が僕である必要はないでしょうに」
「むぅ…じゃあ、バーボンもジンと一緒に組んでみればいいんだわ。ジンってば、よくわからない事ばかり言うの。だから意味が分からなくて、どういう意味?って聞き返したら、おばかを見るような目をされたのよ!すっごく、すっごく、悔しかったんだから」
「…それは大変でしたね」

ぷんぷん!という音が今にも聞こえそうな様子で怒りに震える彼女は無害そうに見えるが、これでも組織の”爪”と称されるほど、無慈悲で有名な幹部である。幹部入りをしたのは男より後であるので、今回初めて彼女と顔を合わせたのだが…なんというか、気が抜けてしまいそうな純真さであった。なんなら、昼間働いているポアロに訪れる女子高生と言われた方がしっくり来てしまうほど、彼女は明るさに満ちているのであった。

「では、ベルンカステル。そろそろ仕事を始めましょうか」
「もう、ベルンでいいのに。…で、何をするんだっけ?」
「…はあ、組織の裏切り者を捕まえるんですよ」
「え〜、つまんな〜い。それだったら、全然バーボンにかっこいいところ見せられないじゃない」

ベルンカステルはぷくっと頬を膨らませると退屈そうにその場に座り込んだ。…ベルモットとはまた違ったタイプの気分屋である。

「私、同じ鬼でも、かくれんぼより鬼ごっこの方が好き〜」
「あなたが信頼されるようになれば、あなたの要望も通るようになりますよ」
「むぅ………。まあいいわ。私、かくれんぼも鬼ごっこも、いつも鬼役ばかりだったから得意だし。さっさと捕まえるから…余った時間は私とデートしようね!」

とても楽しそうに場違いなことを宣言されたので、一瞬ポカンとしてしまった。組織に潜入してしばらく経つけれど、彼女のようなタイプはいなかったので、思わず拍子抜けしてしまったのだ。とんでもない不意打ちだったとはいえ、気が抜けすぎていた自分を男は笑顔の下で律した。しかし、彼女がこちらに友好的であるのはありがたかった。この性格なら、ぽろっと組織の情報をこぼすかもしれない。

「…僕でいいのなら。では、さっさと任務を終えてしまいましょうか」

車までベルンカステルをエスコートをする。空には青白い月が浮かんでいた。

「も、もしかして、先にドライブデートしちゃったりする?ちょっとだけ、恥ずかしいな…」
「違います。潜伏先に向かうんですよ」
「つまり、それまでは私とドライブデートをするってコトでしょ!やだ…歩いた方が速いのにわざわざ遠回りしてくれるなんて…めっちゃタイプ…」

「歩いた方が速いのに」という言葉が気にかかるが、それ以上に彼女の思考回路が独特過ぎたので、そのまま車を走らせることにした。なんというか、思ったことはただ一つ。

__人手不足とはいえ、こいつを組織に入れるなんて…組織は大丈夫なのか?

まあ、公安警察の自分が組織のことを心配する必要なんてないのだが。
けれど、少しだけ気になった。
こんな天真爛漫な彼女が、どうしてこの組織に入ったのか。
詮索しすぎるのは相手に警戒されるとも思ったが、彼女は素直な性格をしているので、もしかしたら話してくれるかもしれない。だから、しばらくしていた世間話に溶け込むように、彼女に尋ねた。

「恩返しをしたい人がいるの。見ず知らずの私のこと、身の危険を感じていたはずなのに体を張って助けようとしてくれたんだよ」
「…そうですか」
「その人、すごく頑張り屋さんでね、疲れているくせに他の人を優先しちゃう人なの」
「…それは素敵な人ですね」
「それに何より…とても素敵な感情が私にもあったんだってこと、教えてくれた人だから…。もう一度会っいたくっ…」

彼女の言葉は最後まで続かなかった。彼女の雰囲気が変わる。
それは獲物を決して逃さない肉食獣のように鋭利なオーラを纏っている。
自分の腕を見ると鳥肌が立っていた。
彼女が車を止めるように合図をすると、音を立てずにドアを開ける。
まだ告げられた潜伏先には着いていないものの、彼女のレーダーに引っ掛かったのだろう。
彼女の姿は闇によく馴染んだ。

「足音に金属音が混じっているね。これは足に銃器を仕込んでいるとみて間違いないでしょう」
「そうですか。ならば、あなたはあちらの通路から向かってください。僕はこちらから」
「はさみうちね。わかったわ」

彼女は「怪我しちゃダメなんだからね」と言うと、ぴょんとこれまた兎のように大きく跳躍して、夜の闇の中に消えていった。

「…全く、兎なんだか猫なんだか。よくわからない人だ」

男は苦笑をこぼして、彼女が向かった反対方向に走り出した。

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