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ありのまま


「大分、顔色が良くなったなあ」
「三日月のお兄さん!僕はもう元気だよ」
「それはよかった。なら、久しぶりにじじいの話し相手になってくれんか」
「・・・僕で良ければ」
「そなたがよいのだ」


離れで絵を描いていると、三日月のお兄さんが遊びに来てくれた。
まさかお兄さんが離れに遊びに来るなんて思ってもみなかったから、部屋が少し散らかっていたけれど、お兄さんはにこにこ笑って気にしていないようだった。
・・・よかった、気にしない神様で。


「ははは。もっと近うよれ」
「う、うわ。お、お兄さん!僕、重たいよっ!」


お兄さんの隣に座ろうとしたけれど、お兄さんはそれを良しとせず、僕を自分の膝の上に乗せた。
平均より軽いけれど、片手で僕を運んじゃうんだから、神様ってすごい。


「うむ。前よりは少しだけ重くなったが・・・もっと食べねば大きくならんぞ?」
「むぅ。お兄さん、僕のおじいちゃんみたい」
「ふむ。それもよいな」


お兄さんは、僕の頭を撫でながら、ゆっくりと話をしてくれる。
僕の体調のことや、審神者としての生活のこと、母屋にいる神様達のこと・・・穏やかにたくさんのことを話してくれる。
だから、僕も話をした。
こんのすけと油揚げを使った料理を作ったこと、蛍と植えた野菜が育ってきていること、粟田口の兄弟と一緒に折り紙で鶴を折ったこと、挨拶をすると神様が返してくれるようになったこと。


お兄さんは、それはよかったなあ、と僕のことのように喜んでくれた。
だから僕も嬉しくて、一緒になって笑った。


「やっと、笑ってくれたな」
「・・・?」


お兄さんは僕の頬にそっと触れて言った。


「・・・何、言ってるの。僕、ずっと笑って・・・」
「いいや。そなたは笑みを繕ってはいたが、笑えていなかったぞ」


お兄さんの言葉がわからなかった。
僕、笑えているはずなのに。だって、ちゃんと鏡で練習して、笑顔でいる方法、見つけたんだよ。見つけてからは、迷惑をかけることも少なくなったんだよ。


「笑い方を、忘れていたのだなあ」
「・・・僕、笑えていなかったの?」
「ちゃんとそなたのことを見ておれば、そなたが笑えていないと気づくのは容易い」


その言葉を聞いて、僕は少し悲しくなった。
だって、神様の言葉通りなら、"僕の世界__両親_"はまるで僕に興味がなかったってことだ。
僕が認めたくなかったことを、この神様は簡単に言うんだな。
僕以上に僕のことを知ってるみたいだ。
そんな神様だから、僕が必死に忘れようとして、本当に忘れてしまった醜い僕のことさえ、お見通しなのかな。
だから、これ以上一緒にいたくなくて、ひとりになりたくて、お兄さんの腕の中から飛び出そうとしたのに。
お兄さんはそれを許してくれない。


「そなたは愛されたかったのだろう。必要とされたかったのだろう。・・・自分を選んでほしかったのだろう」


___その通りだ。僕は愛されたかった。僕は必要とされたかった。・・・僕を選んでほしかった。


「だからそなたは、"いい子"であろうとしたのだろう」


___いい子でいれば、お母さんとお父さんは僕を褒めてくれる。僕を見てくれる。


「だから余計に"手のかからない子"として溝が深まった」


___模範的な、手のかからない、かわいげのない子に、なってしまった。


「やだ。もう、聞きたくない。やだ、もうやだよ」


こんな醜い自分なんて、見ていたくない。
こんな自分なんて、見たくなかった。


「泣かせるつもりはなかったが・・・。だが、ありのままのそなたを知れて俺は嬉しいぞ」
「うれしい?なんで。なんで、うれしいの。僕は、こんな僕、忘れていたかったのに」
「己の主になる者のことを知りたいと思うのは当然のことだろう?」


僕の涙を拭いながら、本当に嬉しそうにお兄さんが笑うから、僕は意味が分からなくてきょとんとしてしまう。
それを見て、お兄さんはさらに満足そうに笑った。


「はっはっは。その表情は今までも見たことがあるぞ。俺は鶴ではないが、誰かの"驚き"の表情を見るのは悪くないものだなあ」
「お、お兄さん。あの、あるじって・・・」
「無論、そなたのことだ。荒れ果てた本丸に美しさを取り戻し、傷ついた俺達を癒やしてくれた。その者を主と呼ばずして何と呼ぶ」


最近、こんのすけが僕のことを主さまと呼んでいたけれど、神様に呼ばれるなんて思ってもみなかった。
だって、俺は当たり前のことをしただけなのだ。
神様に慕われるようなことなんて、何もしていない。


「僕は主なんかじゃ・・・」
「なら、こうしよう」


お兄さんは俺のことを持ち上げて、向かい合うようにして抱き直すと、いきなり僕の頬を両手で包み込んだ。


「ひゃの、ひゃなひてよ(あの、離してよ)・・・」
「俺達を今後一切欺かないと誓え」
「・・・僕、お兄さんに嘘なんて」
「自分の気持ちに嘘をつかないという意味だぞ」
「・・・そんなのでいいの」
「ああ。俺達はありのままのそなたを知りたい」
「・・・ほんと?僕のこと、捨てたりしない?」
「するはずがないだろう?そなたは俺達の主なのだから」


面と向かって言われると、嬉しいからか、恥ずかしいからか、体中の熱が集中しているように、顔がほてってしまう。


「約束、頑張って守る」


頬が引きつって、上手く笑えなかった。なんとかぎこちなかったけれど笑おうとすると、お兄さんは嬉しそうな顔をして、俺の頭を撫で回す。…変な神様だ。こんな僕を愛おしいと言いたげに見つめてくれる。

恥ずかしくって、空を見上げた。
そこには、ぼんやりと三日月が浮かんでいる。

「…そういえば、ここに来てからとても時間がたったのに、ずっと三日月が浮かんでる」
「そりゃあそうだろう。あの月はずっとお前を見守っていたのだからな」
「…今まで、も?」
「ああ。そしてこれからもだ。あの月が見えなくなる昼は我らがお主の傍にいる。夜はあの月がお主の傍にいる。…お主が望むなら、我らは昼だけでなくずっと傍にいるぞ。…誰もお主に寂しい思いなぞ、させぬ」
「そっか。…そっか。そうなんだ」

…ぼく、ひとりじゃ、ないんだね。
…もう、この胸の痛みとは、ずっと痛かったこの痛みとは、さよならなんだね。

「え、へへ…僕、とっても幸せ、だなあ」

張りつめていた糸が切れるように、へにゃりと力が抜けた気がした。
…ああ、きっと今の僕は、笑えているんだろうな。
そう思って顔をあげると、自分のことのように嬉しそうに笑っている三日月と目が合った。


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