いままでの数日間はなんだったんだろう。
起きている間は思考に靄がかかっていた。
しかし、今では頭はもちろん気分もスッキリしている。
スタンドの訓練をしてみたところ、ほんの少しだけ能力がおちているらしい。
聴覚をなくそうとしても耳栓をつけたような消音性しか発揮できない。
やはり能力低下は避けられないとわかった。
スタンド能力の低下以外、ナマエには肉の芽を埋め込まれている実感はない。
花京院くんと初対面のとき、すでに肉の芽が施されていると思っていたが違っていたことを思い返す。
私のこと覚えているかな。
日本の話、少しでも聞けて嬉しかったなあ。
もう日本についてるかな。
承太郎たちと出会っただろうか。
あまり情報がはいってこないので、どこまで進んでいるのかが把握できていない。
「あ」
訓練がおわったあと鏡をみて気づいたことを思い出す。
「そういえばプリンになってる・・・」
新入社員だったからできるだけ落ち着いた色に染めていた。
それでも真っ黒な地毛と比べると茶色だ。
ここに来てもいつも通りナマエの体はきちんと機能している。
汗はかくし、排泄もおこなうし、髪や爪も伸びる。
のびてきた地毛の色が目立ってきた。
過ごしてみるとあっという間だったが、それなりの期間この館にはお世話になっているらしい。
出発するときはきちんとヴァニラさんやテレンスさんにお礼を言わなきゃ。
主であるDIOにも一応。
ナマエはいつも通りDIOの部屋でごろごろしていた。
ただ時間を浪費しているのではない。
今後の展開をできる限り整理していたのだ。
「プリン?」
唐突なナマエの発言に首を傾げたDIOが尋ねる。
さすがにプリンという存在は知っているだろう、とナマエは自分の髪のことを話した。
「それでね、染め直したいんだけどさ。まあいいやって」
まず、わざわざ買い出しを頼むのも申し訳ない。
それに、この時代の薬剤に少し不安を抱えている。
向こうでもトリートメントを施して大切に大切に染めても髪の傷みは避けられない。
技術が進歩していないこの時代のもので髪を染めるといままで以上に傷みそうだ。
「でも伸びてきたからなぁ・・・ちょっと髪きりたいかも」
「ダービーにやらせればいいだろう」
「テレンスさんは忙しそうだし申し訳ないよ」
「・・・」
「DIO、テレンスさんばっかりに何でも頼ってたらだめだよ」
「・・・」
「DIO?」
無言で考え込むような仕草をとっているDIO。
何か機嫌をそこねてしまったのだろうか。
いやいや、そんなはずない。
急にだまりこくってしまったDIOを見つめてどれくらいたっただろう。
「私の仲間になれば良い」
「え?もう気持ちはDIOの一味だよ」
客人ということで素晴らしい待遇を受けてはいるが、ナマエの所属はDIO側である。
「そういう意味ではなくて、人間を超越する存在。それにナマエも・・・」
「え!?なんでそんなことになるの!?」
ナマエは髪の毛の話をしていたはずだ。
それが吸血鬼の仲間いりするかどうかの話に膨らんでいることに驚いてしまう。
「日光浴できないし。夜しか動けないなら買い物だってつまらなくなりそう。美容院だって日が落ちるのまで待つのはちょっと・・・」
「太陽が昇っている間は寝ているじゃあないか。それに髪なんて・・・思うがままにできるぞ」
そういって髪や爪を少しのばしたりひっこめたりするDIO。
この数ヶ月間、DIOの容姿に違和感を感じていたのはこれだと気づいた。
髪の長さが一定なのだ。
なにかあるとテレンスさんを頼ることから彼に髪をきってもらっているのだと思っていたが、違う。
「も〜。普通に暮らしたいんだから。やだよ」
ニヤついているDIOのおでこをぺしんと叩く。
DIOは機嫌を損ねたように唇をとがらせるが、その表情が幼くて笑ってしまう。
ああ。やっぱり守りたいな。
力なんてDIOにはぜんぜん及ばない。
守りたいと思ってもナマエの力量では頼りない。
それでも、やはり死なせたくない。
「そろそろ眠るか」
「早くなあい?」
まだ日が昇る気配もない時間だ。
そうそう。
時計がないと困っていたら小さな置き時計を部屋においてくれるようになった。
このおかげで昼夜逆転しながらも、規則正しい生活をおくることができる。
「あまり休めていないのだ」
「はい。じゃあ寝ましょう」
いつも通りチョーカーを外してもらう。
すでにリラックスモードに突入しているので、DIOの手の中で鈴が小さく鳴る。
聞き慣れたその音をナマエもDIOも視線でたどっている。
「ナマエ」
「なに?」
いつもなら、すぐにサイドテーブルに置かれるチョーカー。
それはまだDIOの手によって揺らされている。
「アイツらのところへ行ってもこれは絶対に外すなよ」
「外すつもりないけど・・・なんで?」
射抜かれるように見つめられる。
チョーカーは気に入っているし、DIOがくれたワンピースも着ようと思っている。
何より贈り物だ。
無碍には扱えない。
それにしても、そこまで真剣に話すことだろうか。
ナマエの疑問に答えることなくすぐに柔らかい表情に戻ったDIOをみて気にする必要はないと判断する。
早めの就寝で寝付けるか不安だったナマエだが、すぐに眠ることができた。
扉の叩く音とDIOが隣からいなくなる気配を繰り返し感じながら日没を迎えようとしている。
ナマエもDIOと同様に十分やすめていない状態だった。
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