勉強を教えこんだ甲斐があったのか。
それとも、もともと頭はいいが、教師の説明がナマエにあわなかったのか。
基礎をじっくりたたきこめばその後は躓きながらも授業の飲み込みが着実に早くなっていき、
いまでは勉強会後はナマエの門限まで時間があまる状態だ。
あまったからってナマエが帰るはずもなく、今は楽しそうにゲームをしたり、僕の部屋にある本を適当に読んでいる。
最初のうちは帰ってほしいな、とか思っていたけれど。
もうあきらめた。
それに居心地が悪いわけではない。
思ったことを遠慮せずに口に出すナマエの姿勢は暇をつぶすには楽だ。
恋人らしいことはしていない。
今日みたいに親は留守だよって伝えても平気な様子だ。
最初の初心な態度はどこへやら。
今日は平日だから間違いもおこらないだろうけど。
依然として友人のようなつきあい方だし、僕の中にもナマエへの恋心が芽生える気配がない。
それでも、何かするときにナマエと一緒にいても邪魔にならない。
孤独が薄れていくような錯覚を覚え始めた今日、僕はそろそろけじめをつけたい。
「もし僕の頭がおかしいって知ったらどうするの」
「いつも頭おかしいってか、普通の人とはずれてるよね」
「そういう意味じゃなくて」
一呼吸おく。
コイツのことを言うのは両親以来でほんの少しだけ緊張する。
コイツに怯えて少しでも僕への関心が薄くなって自然消滅。
友人としてこれからもよろしく、というのが僕の中にあるシナリオだ。
「君たちには見えないものとずっと一緒にいる」
そうやって出現させてみるが、やっぱりナマエには見えないらしい。
バカみたいな顔が余計バカみたいにぽかんとしている。
居心地がよくたって、やっぱりナマエにはわかりっこない。
何で少しでも期待してしまったんだろう。
コイツが見えるのは僕一人だけなんだ。
それでも僕の目線からこのあたりにいるだろうと察したナマエはアイツにさわろうと手を伸ばした。
このまま、いつもどおりに透けるようにしていればよかったのかもしれない。
なぜか調節してナマエでもさわれるようにした。
のばされた手があいつに何度もくっついたり離れたりする。
間抜けだったナマエの表情はだんだん笑顔になっていく。
「ほんとだ!!すごい!え!?これすごい!!魔法???すごいよ!!いる!いるよ!!」
ケラケラ笑いながら驚いている。
こっちが驚いてしまう。
どんな顔だ、どんな見た目だ、喋るのかと質問責めしてくるナマエ。
その間もアイツをぺたぺたとさわる手はとまらない。
アイツにつたわる感触は僕にも伝わる。
腕やら胴体やらにナマエの体温がちりばめられているようだ。
なんでだ。
なんでなんだ。
「君は・・・君は怖くないのかい・・・?」
なんでそんなに歩み寄れるんだ。
「見えないけどいるって教えてくれたから怖くないよ。それにさわれるし」
違う。
僕はこんな反応しらない。
親にさえ気味悪がられたんだ。
すぐに言わないほうが良いと悟って気のせいだと言い直したんだ。
こんな笑顔じゃない。
怯えるような不安が浮かぶ表情を向けられるべきなんだ。
「なんで、そんな・・・化け物みたいだろ」
「化け物だとしても良い化け物だよ」
違うだろう。
やめてくれ。
「ずっと花京院くんのこと見守ってくれてるん「やめろッ!!!!」
たまらず叫んだと同時にアイツの触手がするりとナマエの首にまきついた。
夕暮れの教室にいるときよりも強く、たしかに彼女の首をしめつけている。
息苦しさで顔をゆがませたナマエがこちらを見ている。
わかっただろう。
こんな風に君を苦しめることだって、ほんのちょっと力を入れさえすれば君を殺せてしまうんだ。
「思い出したかい?」
「う・・・・・・ッ・・・・・・ぐっ・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの時、首に違和感を感じただろう?それもコイツがやったんだ。それでも良い化け物とか言えるかい?」
「っ・・・・・・っ・・・・・・」
「ああ。このままじゃ何も言えないね。すまない」
「っはあッ・・・・・・・・・けほっ、んぐっ・・・・・・」
息を整えながらもこちらへの視線を外すことないナマエ。
自分でやっておきながらなんてことをしてしまったんだろうと僕は恐怖を感じていた。
本当ににナマエを殺してしまうかと思った。
首をしめるつもりはもともとなかった。
ただこれ以上言葉を紡いでほしくなかった。
ただそれだけなのに、アイツはナマエの首を・・・
うっすらと巻き付いた痕が残っている。
こんなに強くしめていたのか。
改めて怖い。
「花京院くん」
「なに」
「花京院くんがほどいてくれたの?」
「・・・・・・・・・」
僕の無意識で巻き付いたアイツだが、解いたのは僕の意志だ。
それでも彼女の問いにそう答えるのはおかしい気がして無言をつらぬく。
「花京院くん。私は大丈夫だよ」
「・・・・・・・・・」
「見えない子にも伝えて。大丈夫だよって」
「・・・何が・・・・・・大丈夫なんだ」
僕は大丈夫じゃない。
赦されたらダメなのに。
僕もアイツも。
「怖くないよって」
「・・・・・・っ・・・・・・・・・」
「私には見ることはできないけど、どんな見た目だろうと、どんなに力が強くても、怖くないよって」
もうナマエの姿は見えなかった。
「不思議だけど気味悪くなんかないよ。だからね。花京院くんも泣かないで」
「泣いて、なんか・・・・っ・・・いないよ・・・・・・・・・」
「はいはい」
いつのまにかアイツはいなくなっていた。
でも存在はまだ感じるからどこかに隠れているのだろう。
いつもみたいに自分に重なるように隠れているのだ。
あきれたように僕の体を抱きしめてくるナマエの胸に顔を埋めて泣きじゃくることしかできなかった。
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