今日の任務は暗殺ではない。
ナマエを暗殺チームに迎えた日のことだ。
ナマエについて幹部が渡すものがある、と呼び出されたのだ。
彼女をホルマジオと買い物に行かせている間に幹部から荷物が手渡された。
渡されたものはその場で一通り目を通した。
それは彼女を管理していた獄中のチョコラータからの報告書のようなものだった。
ナマエを情報収集に使っても、仕事を手伝わせても、犯して壊そうがどうしたって構わない。生かす気があるのならせっかく開発したのにまたしなおすのも手間だから適当に抱いておけ。ただしナマエが死んだ場合はどうなるかわかっているな。
ざっと要約すると脅しも含めてこんなものだった。
幹部からは彼に脱獄してもらうわけにもいかないのでナマエを生かしておくようにと念を押された。
噂にも聞いていたがチョコラータは俺ら暗殺チームよりも邪見にされているのではないか?
リゾットはアジトに帰るとひとまず資料をまとめた。
それらを他のメンバーが見つけないよう過去の資料置き場に紛れ込ませ、ナマエの部屋に向かう。



ゴォオオオオオオ
ドライヤーが勢いよく髪をさらっていく。
鼻歌混じりにナマエは自室で髪を乾かしていた。
こんなもんで良いかとドライヤーを置いてペタペタとルームシューズを鳴らしながら室内を移動する。
暗殺チームに異動した初日。
到着したのは昼間だったが、必要なものを買い揃えるために休みだったホルマジオと店を巡り再びアジトに到着したのは夕方だった。
アジトはアパルトマンひとつを貸し切っている。
玄関を開けるとちょっとしたリビングとして使っている広間と台所があって、その先に階段がある。
階段を上って二階と三階はメンバーの居住スペースになっている。
それぞれ5部屋ずつあって、二階にはメローネ、イルーズォ、リゾットが。
三階にはギアッチョ、ソルベとジェラート(彼らは同室みたい)、プロシュート、ペッシ、ホルマジオが住んでいる。
アジトの中でも本拠地としている部屋は二階の一室だ。
私は空室になっていた二階の一室をあてがわれた。
それぞれの部屋は風呂・トイレ付の2LDKだ。
今アジトにいる人物には一通り挨拶できたが、ギアッチョさんは出張のため会うことすらできなかった。
半日一緒にいたホルマジオとはだいぶ打ち解けて、ナマエと一緒に部屋に荷物を運びこんだり家具の配置をして一日があっという間にすぎていった。
何かあったら声かけろよーっと彼が部屋を出て行ったのは2時間ほど前だ。
コンコンと控えめなノック音が部屋に響く。


「いまあけまーす!」


ドアを開けるとリゾットさんがいた。


「いま暇か?」


「はい」


「じゃあ俺の部屋にこい」


「?」



ナマエについての資料には彼女の処遇以外にも、1つ重要なことが書かれていた。
施術により少し頭のネジが緩んでしまったらしい。
だからと言って日常生活は普通におくる上では問題ない程度とのことなので頭の隅にとどめる程度で良いだろう。
後ろをペタペタと足音を鳴らしながらついてくるナマエをチラリと振り返る。
この音で同じ階の奴らは何か勘繰るかもしれないな。
リゾットは彼らに尋ねられた時のことを考えると憂鬱になったがひとまずナマエを部屋に迎え入れる。


「わあ、綺麗にしてるんですね」


「ああ」


部屋に入ってもどこにいれば良いのか分からないナマエはドア付近で留まっている。


「中のソファにかければ良い」


そう言ってやるとナマエはおとなしくソファに座り部屋をぐるぐると見る。
適当に茶でも淹れるべきか一瞬迷ったが、ナマエの様子があんまり落ち着きのないものだったので後回しにする。
リゾットはソファとは向かい合わせになるようにイスを移動してそこに腰かけた。


「今日は話があってお前を呼んだ」


「はあ」


「…チームには慣れそうか?」


「はい。優しい人ばっかりですね」


「そうか。良かった」


良かったってなんなんだ。
リゾットは自分で言ったことに驚く。
ナマエの存在は面倒なだけなのに、本当にうれしそうに答えるナマエを見るとそんな考えがなくなる。


「メローネさんは王子様みたいでかっこいいし、ホルマジオはお兄ちゃんみたい。あ、イルーゾォさんはちょっと暗いけどきっと優しいよ!ソルベさんとジェラートさんは仲良しで素敵だと思う!」


そんな風に話すナマエを見ていると、子どもを相手しているように錯覚しそうだった。
メローネはたしかに容姿こそ良いがチームの中じゃ一番考えがぶっ飛んでて予想がつかない危ない奴だ。
ホルマジオは表向きならどんな柔らかい態度を向けてても警戒を解くことがない。
買い物に行かせた時もナマエが気づかなかっただけでずっと睨みをきかせていたに違いない。
イルーゾォは確かにすぐ暗い思考に陥ることがあるが、優しいわけではない。
むしろ冷たい奴だ。
ソルベとジェラートに関しては間違っているところがないので何も言うまい。
周りにいる者を確証なしに信じているナマエはリゾットから見ると危うい存在に見えた。


「今日、元チームからお前に関すること情報が渡された。それと、これはお前宛ての手紙だ」


報告書とは別にナマエ宛ての手紙も渡されていた。
すでに幹部が中身を確認しているので封を切った状態だ。


「!!……チョコ先生からだ!」


渡した手紙をナマエはすぐに読み始める。
こちらの視線などお構いなしに。
ちなみにリゾットはこの手紙の内容を知っている。
もし暗殺チームの都合の悪いことが書いてあればそれなりに対処しなければならないためである。
手紙にはナマエの安否を気遣う内容と暗殺チームのメンバーに可愛がってもらえということが便箋3枚にわたって綴られている。


「・・・・・読んだか」


ナマエが手紙を封筒に戻し始めたことを確認してそう尋ねれば小さく頷かれる。


「あの、がんばります…」


赤面しながら答えるナマエを見る。
やはりチョコラータというのはナマエに対して碌な接し方をしていなかったんだろう。
思わず頭を抱えそうになったところで向かいのソファが軋む音とナマエがこちらに近づく気配を感じた。


「おいッ!…早まるな」


こちらに向けて手を伸ばすナマエを軽くたしなめてソファに戻す。
ナマエは何で怒られたのか分からないという表情を浮かべていた。
たしかに頭のネジが緩んでいる。
それとも異常な環境に置かれていたからか。


「上からお前を生かすようには言われているし面倒を見るように言われているが、俺たちと性行為をする必要はない」


「え!?しないんですか?」


「…したくないだろう?」


「したいですよ」


「!?!?!?!?」


嫌々ながらも置かれている境遇だけに仕方なく行為に及ぶのではないのか。
これじゃあ、ただの色狂いだ。


「だって、それくらいしか私にはできないんだもん」


しかしそういうわけでもないらしい。


「うちには事務仕事をしたがるやつがいないからそれの手伝いとか」


「簡単なイタリア語しか分かりませんよ」


「それじゃあ家事を…」


「それくらいは当たり前にやりますよ!必要最低限以外でできることがないから…」


「最低限で十分だろう」


「それじゃあだめだよぉ…」



善意から言っているのだろうか。
訴えるような瞳には涙が浮かんでいる。
頭を抱えそうになる。
話せば話すほど常識からかけ離れたナマエにため息がもれそうだ。
ホルマジオはどうやって会話をしていたんだ。


「………考えておく」


「善処してくださいね」


それはお前が言うことじゃないだろう、と注意しても意味がないだろう。


「夜にすまなかった。もう用は済んだから部屋に…戻れるか?」


「迷子になるって思ってるの?」


「そうだな」


「もー!一直線だから帰れますよ!おやすみなさい、リゾットさん」


すくっと立ち上がるとドアを開けて立ち去ろうとするナマエ。
手紙をしっかり握っている。


「ああ…おやすみ」


その背中に優しい声色を投げかけたと気づいたのは、彼女の姿が扉の奥に消えてからだった。






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