カランカランと懐かしいようなベルの音が響いた。
「すみませーん」
雑貨屋の扉を開くと中は薄暗く物が混在していた。
レジ近くに誰もいないので一声かけるも返事はかえってこない。
「これなんかどうだ」
DIOはそんなこと関係ないのか、すでに店内を物色している。
鈴のついたネックレスのようなもの。
いや、長さでみるとチョーカーとよぶべきかもしれない。
少し揺らせばチリンと涼しい音が聞こえる。
「あのねぇ、私ネコじゃないんだよ」
「似合えばいいだろう、ほら」
「んんー…」
さっとソレを首にかけられる。
試着してもここには鏡がないから自分で確認はできない。
「いらっしゃい」
いつのまにか店員が現れた。
「あ、見させてもらってます」
「これを貰おう」
「ありがとうございます」
「え?」
わたしが何かを言う暇がないほど急にこの鈴の購入が決定してしまった。
これが数分前に起こった事だ。
「お似合いですよ」
「あ、ありがとう…ございます」
車に戻るとテレンスさんが出迎えてくれた。
先ほど雑貨屋で買ったチョーカーを褒めてくれる。
首輪みたいなコレを似合っているといわれるのは微妙な気持ちになる。
来るときと同じようにDIOの腰掛けたすぐ横に腰をおろす。
するりと車は発進した。
「猫と違ってお前は動くとうるさいな」
「じゃあ外す?」
猫に鈴の首輪をつけていてもコツさえつかめばすぐに音を鳴らさずに移動してしまう。
私はそんなこと無理なので、鈴の音とヒールの音を鳴らしながらDIOと歩いてきたのだ。
歩くだけで騒がしいのはたしかだ。
否定できない。
かと言って外させるつもりはないらしい。
鈴を指先でもてあそばれる。
DIOの冷たい指が鎖骨を時折かすめる。
「あ、あの。ありがとう、DIO。これも、服も」
びくつきそうになるのを抑え今日の礼を言う。
「ああ」
「久しぶりの外出で楽しかった」
「久しぶりすぎて疲れたとの間違いじゃないのか」
「たしかに疲れたけど、楽しかったよ」
チリンチリンと涼しげな音が耳の下から聞こえる
DIOのそばにいるだけなら慣れたのだ。
気にすることはない。
この指先には他意はない。
ただこの鈴のアクセサリーを気に入ってるだけなんだ。
ふぅー、とつまりそうな息を吐き出して、別の話題をふってみる。
「そういえば、ジョースターの」
「…」
「…ごめん」
無言のまま眉間に深く皺を刻み付けたDIOに謝る理由はないのに謝罪してしまう。
狼狽える私をみやるとその皺はすぐになくなったが、この話題をひきずりたくないというのはしっかり伝わる。
空気悪くしちゃったな。
そういえば、ジョースター家との因縁はテレンスをはじめとする配下たちは知っているのだろうか。
もしかしたら話していないのかもしれない。
DIOにとっては汚点でしかないし、話すのもおかしいか。
それに今、DIOはジョースターの血族が未だに続いていることを知らない。
わざわざ部下の前で掘り返さなくていいだろう、と思っているのかも。
かもしれない、ばかりが頭の中を渦巻いてどうにも次の話題に踏み出せない。
「その話は後で聞こう」
「うん。ごめんね」
「はあ…そう何度も謝るな」
頭を無遠慮に撫でられる。
こりゃ、髪ぐしゃぐしゃになっちゃうな。
話も後でって言ってるけど、たぶん流されちゃうんだろうな。
そう思いながら彼が飽きるまで撫でられていようと思って待っていると、いつのまにか車は館に戻ってきた。
その日以来、私の首では常にあのチョーカーの鈴が揺れている。
さすがにお風呂の時は外すし、時々手入れもしている。
寝る時は危ないからという理由で外している。
それを除けば鈴は常に私の首元で揺れている。
というのも、一度チョーカーを外している状態でDIOと出会ったときひどく彼の機嫌を損ねてしまったからだ。
子供のように不機嫌さを隠さない表情に思わず笑みがこぼれそうになるが、そこはすぐにチョーカーをつけることで彼のご機嫌取りに努めた。
日課となりつつあるテレンスさんとヴァニラさんへのおやすみの挨拶を済ませた。
あとはDIOの部屋に戻るだけだ。
てくてくと歩く私の動きに合わせて鈴は揺れている。
重い扉を開けば淡い光に浮かぶ完璧な肢体が目に入る。
「…今日も静かに来たな」
「えへへ。ほんと?」
「ああ。気配は消せていないが、音だけなら完璧だ」
そう、私の首で揺れる鈴は、揺れるだけであって、以前の様な音はならない。
スタンドの訓練をしている最中に思いついた策だった。
普段から鈴の音を消すようにしていれば良いんじゃないかな、と
持続力の向上にはつながりそうだと思い意識的にそれを行うようになった。
最初はスタンドをおさめられないのに、と手伝ってもらったヴァニラさんに文句を言われながらも続けた。
その自主訓練は少し技術にも貢献したらしい。
スタンドの出現はもはや自由自在に行える。
それだけではない。
狭い範囲だがスタンドを出さなくても音を消せるようになった。
それでも鈴の音を消す訓練は続けている。
「っはぁ〜〜!よかった!」
そうベッドにうつぶせで横になる。
くぐもった鈴の音が首元で鳴った。
スタンドの能力を行使している間は体力が消耗する。
これは仕方のないことだ。
だから、訓練は起きてから夜DIOの部屋に帰るまでと決めている。
そう目標をつくったものの、最初のうちはとてもじゃないけど一日もたなかった。
夜まで能力を保つことができたのはほんの2日前からだ。
そろそろ新しい訓練を考えよう。
持続力はついてきた。
そのまま持続力を伸ばす?それとも何か他に…
「ナマエ、お前は天国に行きたいか?」
「なにそれ、…」
真剣な顔をして聞いてくるDIOを茶化そうと笑うが、彼の表情は真摯なものだった。
バツがわるくなりうっ…と少し息を詰まらせてから続ける。
「死後の世界を熱心に信じてるわけじゃないけど、行けるなら行きたいな…。でも天国にいけるほど良い人じゃないからどうなんだろうね、ちょっと見れるだけで幸せかな」
「そこに居なくていいのか?」
「居たいよ、もちろん。見たら憧れが余計強くなりそうだけど、天国は自分にはちょっとね。善行つまなきゃって思っちゃう」
値踏みされるような視線にさらされながらナマエはまだ言葉を続ける。
天国に思い当たるものがあった。
「でもね、天国じゃなくても良いから私は幸せになりたいよ」
そう、幸せになりたい。
漠然としているが確かなことだった。
「それで、幸せになれる場所が天国だけなら、私はそこに行きたい。絶対に行きたい。これじゃ最初にいったことと少し意見がかわっちゃうかな」
ねぇDIO
DIOの言う天国は幸せになれるところなの?
「面白い」
目を細めたDIOの手はいつのもように頭を撫でてくる。
まるでよくできました、と褒められているようだ。
こうされるとすごく心地が良くて眠くなる。
「幸せになりたい、曖昧だがその気持ちが強いのはよく伝わった。ナマエなら連れて行ってやらないこともない」
「なにそれ」
「今は無理だが。いつか、必ず」
「わけわかんない。寝ていい?」
「かまわない」
うつぶせのまま首からするりとチョーカーをほどく。
手を伸ばせばサイドテーブルがあるのでそこにそっと置いておく。
この間もDIOの手が私の頭から離れなかった。
「なでるのやめないんだ」
「ああ、やめなくても寝つけるだろう?」
「うん。おやすみ、DIO」
ああ、と短い返事が聞こえた後。
私の意識がおちるまで頭は規則的に撫でられていた。
次のページ
←