外出するらしい。
「こちらをお召しください」
いつものようにDIOの横で起床した。
あの日から少したった。
適切な処置のおかげかすっかり傷はふさがった。
傷跡は残ってしまったが、誰かに体をさらす機会なんてないので気にならない。
食事を終えて主のいないDIOの部屋に戻るといつも通りテレンスさんが服を用意していてくれる。
今日ちがうところがあるとすれば、服の他に装飾品も用意されていたところだ。
起き抜けにDIOから外出するということを言われた気もする。
寝起きなのであまり覚えていないが、たぶん事実だ。
テレンスさんが部屋を出たあと手早くそれらを身に着け部屋を出るとヴァニラさんが扉の前にたっていた。
「あ、ヴァニラさん」
「こっちだ」
「はーい」
言葉数の少ない彼だが、必要最低限のことは話してくれる。
一言しか発していないが、おそらく私を連れていくことを命じられたのだろう。
慣れないヒールを鳴らしながら後をついていく。
ここに来てから初めての外だ。
大きな扉を開けると乾燥した風にふれる。
空には月が煌々と輝いている。
星もよく見える。
夜だった。
起きてあまり時間はたっていない。
いままで昼夜逆転の生活を送っていたことを初めて知った。
「わぁ」
チラリと周りを見ると日本とは違う町並みだ。
館の前につけてあったリムジンの中にはDIOが、運転席にはテレンスさんが座っていた。
ヴァニラさんが車のドアを開けてくれたので礼を言って頭をぶつけないようにしながら入る。
「早かったな」
腕を組んでくつろいでいるDIOの少し離れたところに座る。
リムジンなんて乗るのは初めてで勝手がわからない。
「そうかな?」
「女の支度は長いと思っていたんだが」
「テレンスさんが用意してくれてるからだよ。ってワールド?」
ザ・ワールドがナマエの体を抱きかかえてDIOのすぐそばでおろされた。
「離れる必要はないだろう?」
「わざわざスタンド使うの?」
「使えるものを使わないのか?」
「あー、使うね。うん。使う」
「だろう」
シートに腰をおちつけて話をしている間に発進した。
テレンスさんの運転はFメガのときとは違い、安全運転だ。
真横のDIO顔を見上げるのも首が少し辛いので、ナマエは窓の方をみる。
「日本とぜんぜん違う…」
通り過ぎた市場は人であふれかえっている。
しかし、その中にはバクシーシと集まる物乞いの姿は見受けられない。
「ねぇDIO」
「なんだ?」
「物乞いとか、このあたりにはいないの?」
「さあ。見たことないな。ダービー。何か知ってるか?」
「昼間は観光客目当てでいますね。でも、夜になるとこの近くは現地の人間しか集まりません。だから今はいないんでしょう」
「へぇー」
DIOは見た目が派手だし、真っ先に集まってきそうだな。
でも夜しか外に出られないなら関係ないか。
そういえば、DIOが外出しているところを見たことがない。
「ねえ、DIO」
「なんだ」
「DIOって車の運転免許は持ってるの?」
意味がわからない、といった表情を返される。
「運転するのに誰の許しがいるんだ?」
あ、これは免許もってないや。
でも免許がなくても、今みたいにテレンスさんや他の人が運転してくれるから問題ないんだろう。
「日本とこことじゃ交通ルールに差があると思うけれどね、そういうの覚えなきゃ車は運転しちゃだめなんだよ」
「規律か」
そういえば、私は交通免許ととっていたけど、どうなったんだろう。
この世界での自分はどういう扱いなんだろう。
いなかったことになってるのかな。
私はどこにいればいいんだろう。
考え始めると怖い。
深く考えすぎないように、DIOとの会話に集中する。
「そう。たとえば人が歩いてる歩道に車を走らせるのなんてダメだよ」
後々、彼が行う上院議員に対する無茶振りを思い出しながらも常識といえるものを話していく。
DIOはそんなもの自分には関係ないが・・・と口を挟んでくる。
でも関係ない。
自分中心の考えで成り立っている彼はそこが魅力でもあり欠点でもある。
人の欠点にとやかく言う必要はないと思うが、慢心を引き起こす考え方は日ごろから注意させておけばいざというときに何か変化があるのでは。
そう信じて話していると、車に緩やかなブレーキがかかった。
「つきました」
テレンスさんの声を聞いて窓を見ると煌びやかで、とても高級そうなお店が立ち並ぶ通りだ。
私なんて場違いすぎて入れもしない店たちだ。
「降りるぞ」
いつのまにかテレンスさんが開けたドアからさっさと車の外に出てしまうDIO。
「あ、待って」
急いで彼の後をなれないヒールで追いかけた。
テレンスさんは車中で待機らしい。
これからはDIOと二人っきりだ。
知らない土地で迷子になるわけにはいかない。
こちらの歩幅なんて関係ないといわんばかりに風をきって歩いていくDIOの姿に近づく。
離れないように少し小走りで。
それでもあるところで私の足は止まってしまった。
煌々としたライトやショーウィンドウたちの隙間に見える暗い通り。
こじんまりとした雑貨屋がそこにはあった。
「何をしている。ついて来い」
「!…ごめん、今いく!」
あの雑貨屋の何にひかれたのかはわからない。
追いつかない私に気づいたDIOが声をかけてくれなかったら、このまま知らない土地で右往左往するところだった。
急いでDIOのところに近寄っている間はさすがに待っていてくれる。
変なとこで優しいとこがあるなあ。
隣についてからDIOはいつもに比べてゆっくりとしたペースで歩く。
それでも私の歩幅とは大きな違いがある。
ヒールが鳴らす音は忙しく響いていた。
「今日はナマエの趣向がどんなものか気になってな」
「え?」
歩調を変えずに店に入るDIO。
そんな彼に対して恭しく店員一同が頭を下げている。
開店直後の百貨店のそれとは違う。
「ずっとダービーの服しか着ていなかっただろう。たまには好きなのを選べ」
一目みて仕立ての良さが際立つ服。
それらがきれいに並ぶ店内に放り投げられてしまった。
DIOはいつの間にか用意されて椅子に腰掛けている。
助けを求めるように視線を向けても鼻で笑われるだけだ。
上品な店員はいかがなさいますか、と聞いてくるが私はどうすればいいんだろう。
お金のことは心配しなくていいんだと思う。
ここで聞いたらDIOに恥をかかせることになりかねない。
それにしても急に好きな服といわれても困る。
それにテレンスさんお手製の服だって気に入っているのだ。
不自由していなかったため、店内を見回してもかわいいとは思っても欲しいと思うものがなかった。
「えっと、うーん」
「他の店にするか?」
唸っているのは好みと違うからだと勘違いされたらしい。
「そうじゃなくて。こういうお店始めてはいるから緊張しちゃうし、今のままで満足してるからなぁ」
「そうか」
私と同じように店内をぐるりと一瞥したDIOはスタスタ歩いていった。
すぐ戻ってきた彼の手には一着のシンプルな黄色のワンピースがあった。
「これはどうだ」
あてて鏡を見ているとあらためて背後に立つDIOの体格に驚かされる。
服は、かわいくないはずがなかった。
テレンスさんの作る服は淡い色合いが多いせいか、DIOが好んで実につけるような黄色は新鮮だった。
前もこんな色の服はなかなか着ない。
「派手じゃない?でもかわいいね」
「似合っている」
「そう?」
「服がいいからだな」
「もー。ひどいな」
それからDIOが選んでくる服を何着も見ていった。
あまり良い反応を示さない私にしびれをきらしたらしい。
「どれでも好きなものと言っているだろう」
どれでも良いよ、とは言えない。
何かひとつでも選ぼう。
「それなら、最初のワンピースがいいな」
最初にもってきたってことはDIOがすきな服かもしれない。
「そうか」
やわらかい表情を浮かべたDIOはいつもみたいに頭を撫でる。
少し待っていろ、と言われて店の奥へ行くDIOを見送る。
疲れた。
久しぶりに外に出てからとても疲れている。
それに今は知らない土地でひとりぼっちだ。
少しの間だとしても、とても心細い。
「待たせたな。戻るぞ」
それでもDIOの姿が見えると疲れが少し和らぐ。
DIOがそばにいると安心する。
元きた道を歩いていく。
隣を歩くDIOがふっと道から外れる。
「え?DIO?」
「あの店にいってからにするか」
指差した先には来る途中わたしが引き止められた雑貨屋があった。
こういうことを覚えているなんて。
「うん。ありがとう」
嬉しくなった私はDIOと一緒に店へ向かった。
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