ナマエがDIOの部屋に来てから一週間は経とうとしていた。
DIOに対して丁寧語混じりの話し方は下手だから普通に話せと言われて今ではすっかりタメ口だ。
私は約束の通りにテレンスさんに用意してもらった部屋でスタンドの特訓を始めることになった。
そこには大きなスピーカーが設置されている。
今日も、もちろんスタンドの特訓をする。
「セトル・ダン!」
セトル・ダンというのはナマエのスタンドの名前だ。
声をあげると同時にナマエの体から大きな布のようなものがするりとぬけでて背後で揺らめく。
この布のようなものがスタンドの姿だった。
初めて見たときナマエは弱そうなスタンドの見た目に拍子抜けした。
人型や機械っぽくもなく、本当にただの布きれにしか見えないからだ。
「発現までの時間が短くなってきているな」
スピーカーのリモコンを持ったDIOは満足そうにナマエとセトル・ダンを眺めている。
夢かと思っていたが何日経っても覚めないのでもう現実と同じだとナマエは考えることにした。
自分がこの世界で死んだら、その時が私の終りなんだって。
そう意識してからはスタンドの特訓に力がはいった。
そのおかげか、特訓初日で私はスタンドを自在に出現できるようになった。
一週間の特訓の結果、スタンドの能力は「聴力をおとすこと」という結論に行きついた。
セトル・ダンに少しでも触れると自他関係なく聴力をおとしていく。
DIOの提案で味覚や視覚、嗅覚など様々な感覚を試してみたがスタンドが反応するのは聴力でしか確認できなかった。
この能力でどうやったらDIOを救えるのか皆目見当もつかないが、スタンドの成長を夢見て特訓は続ける。
能力の制御は未だにできないままなので、軽く攻撃してもらって意識を失ったところで特訓終了だ。
「うん。はやく能力も制御できればいいんだけどね」
苦笑いで応えると部屋の扉からノック音響く。
「DIO様、例の者が目覚めました。いかがなさいますか」
「…分かった。今むかう」
ドアの向こうからテレンスさんが尋ねる。
例の者とは誰だろう?
あ、今日の特訓は中断か終わりかな。
毎日特訓を続けているとは言ってもDIOは暇な人ではない。
時間を見つけて特訓に付き合ってもらっている。
DIOに用事があって、短い時間しか特訓できないときはテレンスさんかバニラさんが代わりに相手してくれているのだ。
「ナマエ、お前も来い」
「え、私も?」
「たしかお前は日本人だろう?」
「うん」
「これから会う奴も日本人だからな。何かわかるかもしれない」
「!…わかった。行く」
日本人と聞いてすぐにピンときたのは前髪がユニークな彼のことだった。
会わないより、会った方が良い。
彼に会ってやらなきゃいけないことがある。
セトル・ダンをひっこめると歩き出したDIOの後を追った。
すぐに彼と会えるわけではないようだ。
話をしてくるから待っていろ、と言われた。
扉の前で見張りをしているヴァニラさんの隣にしゃがんで呼ばれるのを待つ。
「ヴァニラさん、私の能力ってDIOの助けになるかな?」
沈黙に耐えられなくなってつい口から出たのはしょうもない質問だった。
尋ねるまでもなくセトル・ダンは助けになるとは到底いえない非力な能力だ。
「……」
「攻撃力ないし、いまいち使いどころ分からないし、やっぱダメかな」
「……敵を錯乱させるくらいならできる」
「…そっかー」
承太郎がこんな能力で動揺するとは思えないけど、ヴァニラさんにフォローしてもらえて少し元気がでる。
てっきり無視されるかと思ってた。
真横に立つたくましい生あしを横目で見ながら天井を見つめる。
DIOもそうだけどヴァニラさんも目のやりどころに困る恰好をしている。
いつも館にいる人の中でまともに肌をかくしているのはテレンスさんくらいだろう。
昼間の館は厚手のカーテンを閉めて日光が入らない。
それでも暑いと感じる日は多い。
もしかしたら二人は暑がりなのかな。
ちなみに私の服は下着を除いて全てテレンスさんのお手製だ。
凝り性な彼はレースをふんだんに使用した服をつくることもある。
露出が激しすぎないデザインのそれらは今まで肌を大きく見せたことのない私でも抵抗なく着ることができてとても助かっている。
DIOやヴァニラさんに服を選ばせてたなら、もっと肌を出すデザインのものが用意されていたのかも…
と考えるとテレンスさんの服のありがたさが増す。
「ナマエ」
「はーい!」
扉の奥から名前が呼ばれた。
返事をすると同時にヴァニラさんが扉を開ける。
「ありがとう、ヴァニラさん」
先ほどのフォローと扉をあけてくれたことに礼を伝えると、
「早く行け」
主を待たせるなと催促されたのでさっさと部屋に入った。
「わぁ」
すぐ視界に入ったのは目の座った花京院だった。
肉の芽はすでに埋め込まれているんだろう。
DIOを前にしても嘔吐してない。
「私は用があるからナマエが話相手になってやれ。終わったら適当に帰せばいい」
「私は部屋に戻ればいいの?」
「ああ」
たしか、これからDIOの勢力では大きな動きがはじまる。
飛行機や船にスタンド使いを送りこんだりと忙しくなるんだろう。
足早に去っていくDIOの背中を見送って花京院と向き合ってみる。
「え、えっと。こんにちは。あなた日本人?」
「ッ……うん。そうだよ」
「私も!初めて日本人と会えてうれしい!」
「そ、そうなの?」
「うん!」
異国の地で同郷と出会うのは安心感をもたらす。
普通ではない境遇に身を置いてしまった彼もそれは同じようだ。
警戒の色は抜けないが少し柔らかい表情になったのが見てとれる。
この調子で会話をしながら、私はある印象を彼につけておこうと考えていた。
「今、日本だとどんな音楽とかゲームが流行ってるのかな?」
「え?」
「あ…私ずっと前から連れて来られてて」
彼に覚えておいてほしいのはわたしが自分の意思でDIOの元に来たのではないということだ。
つまり彼と同じように不本意だけど、DIOの傘下に入れられているということ。
それを彼に意識してほしかった。
DIOのそばにいるだけじゃ救済策は一切思いつかなかった。
それならジョースター御一行には悪いけれど、彼らを説得なりなんなりした方が案が浮かぶのでは?
そう思いついたときからどうやって彼らのそばに行くかを考えてたら、花京院に会っておくことはとても重要なことだと感じた。
彼らと接触を試みたいが、殺すつもりはないし殺すことなんて不可能だ。
危害を加えるつもりもない。
両陣営とも被害の規模をおさえたい。
私の言葉を信用して丁寧に日本ではやっている娯楽の説明をしてくれる彼には悪いなと思いながら話に耳をかたむけた。
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