迷った。
人生で数えるほどしか迷子になったことがない。
地図はきちんと読めるほうだし、大人になってから道に迷うことはなかった。
しかし、この館は地図もなければ、とんでもない広さがある。
地域が違うからか、慣れない間取りが頭の混乱を加速させた。
DIOと一緒にいた部屋を出て10分以上うろうろしている気がする。
どうしよう。
道を聞こうにも誰ともすれ違わない。
「なにをしている」
「ひぇッ」
「?」
突然後ろから声がかけられた。
誰もいないと思っていたばっかりに驚いて変な声が出てしまった。
振り向くと原作通り刺激的な出で立ちのヴァニラアイスがいた。
改めてみるとやっぱりすごい恰好だよね、おしり見えちゃいそう。
「あの、道に迷ってしまって…」
さっき行った広間みたいな場所に行くようにDIOから言われたと伝えると少し顔を顰めたあと「こっちだ」と一言小さくつぶやいてヴァニラさんは歩き始めた。
ここの世界の人たちは基本的に背が高い。
もちろんスタイルもグンバツなので歩幅がかなり違う。
ヴァニラさんも例にもれず歩幅が大きく、しかもガツガツと進むので追いかけるのが大変だ。
しばらく無言でヴァニラさんの後ろをついていく途中だった。
「私はおまえの素性を知らない。DIO様の客人とは言え不審なところも多い」
私に対する警戒心を丸出しにした言葉が投げつけられた。
その間も歩くスピードは変わらない。
怪しい自分には信用できないのは当たり前だ。
そうですね、と適当に相槌を打ちながら答えていく。
そう言えば今は何年くらいなんだろうか。
DIOはもちろんヴァニラさんも生きている。
ジョースター御一行はDIOの動きに気づいているのだろうか。
もうエジプト旅行を始めたのだろうか。
時が経てば決戦の時がくるのだろうか。
かねてよりDIOはすきなキャラの一人だ。
彼が生きていたら、と妄想したこともあった。
ここでイレギュラーな存在である私がDIOに手助けをして、未来が変わるのだろうか。
もし変わるなら見てみたい。
主人公がかつ世界は何度も読んできた。
たまには敵が勝っても良いじゃん。
そんなことを一瞬で考える。
「もしDIO様に危害を加えるようであれば、」
次に続く言葉はどうであれ、ガオンするぞってことだろう。
そんなことは分かっている。
そんなことより、ここにいる限りDIO側に加担してみたい、そう思ったのだ。
決めるまで本当に短かった。
「大丈夫です。私もDIOに勝ってほしいからできる限り手助けします」
今まで歩き続けていたヴァニラが急にとまる。
それに反応できなかったナマエはヴァニラの背中に顔をぶつけた。
「いてっ」
ナマエが見上げるとヴァニラが険しい表情で自分を見下ろしていることに気づいた。
「…それにしては少し油断しすぎだと思うぞ」
「ん?」
「それとも運動音痴なのか。闘ったら怪我どころじゃ済まないぞ」
私のことを心配してくれたのかもしれないけれど、
一人でナマエを運動音痴と認定しようとしたヴァニラに思わず抗議する。
皆がヴァニラほどの運動神経をもっているわけではない。
私はこれでも周囲と比べても並だった。
可もなく不可もなく平均なのだ。
「運動音痴じゃないよ、あ、…じゃないです」
うっかり最低限丁寧な口調を崩してしまい、慌ててもどす。
「…構わない」
「口調ですか?」
「客人だ。気にするな」
「うん、わかったよ」
険しい表情がとけることはなかった。
そういえばこの人の笑ってる顔見たことないな。
不敵な笑みとか、そういうのじゃなくてもっと穏やかな笑顔。
ここにいる間に見られるといいな。
ここだ、と扉を開くヴァニラの横顔を見ながらナマエはなんとなくそう感じた。
「お待ちしておりました」
扉の先にはテーブルに並べられたおいしそうな食事とテレンスさんが待っていた。
振り返ってここまで連れてきてくれたヴァニラに礼を言おうとしたかったが、こちらに背中を向けてどこかに向かっているようだった。
声をかけそびれてしまっていると、どうぞこちらへと着席を促すテレンスさん。
「ありがとうございます、テレンスさん」
「おきになさらず。どうぞ召し上がってください」
一人暮らしで自炊するとしても最低限食べられるものしか作らなかったせいか、目の前にある料理に感動を覚える。
きちんとした食事は何年振りだろう。
「いただきます」
日本の風習とも言うべき挨拶と合掌をして料理に手を付ける。
おいしい。
母の味とは違うが、一般的に見ておいしい味というのはすぐにわかる。
館で執事をしているテレンスさんは料理の腕が抜群だと覚えておくことにする。
「お口にあいますか?」
「ええ、すっごくおいしいです!」
あまりの美味しさに興奮気味で答えても笑顔を絶やさないテレンスさんはヴァニラさんと違って感情の起伏がよくわからない。
正面の席に座って、私のほうをじっと見てくる。
見られながら食べるのは恥ずかしい。
「疑うことはしないのですね」
「え?」
今この人なんて言ったの?
そう思いながらも喉を通っていく食べ物を止めることはできない。
「毒が入っているかも、という考えはないんですか?」
「っ!?・・・え、どく?」
嚥下した感覚とテレンスさんの言葉で一気にナマエは気分が悪くなりそうになっていた。
「まあ。そんなもの入れませんよ」
「・・・・・・」
撤回されたとしても気分が悪いのはすぐに晴れない。
それでも食事を続ける。せっかく用意してもらったのだ。残してしまうのは申し訳ない。
ヴァニラと同じく彼もナマエのことを信用していないのは当たり前だった。
しばらく食器のぶつかる小さい音だけが響く。
「テレンスさん」
「・・・なんでしょう?」
「急にやってきた私のことをみなさんが信用しないのは分かります」
「・・・ええ」
「でも、この世界でわたしが頼れるのはDIOさんだけなんです。今もこうしてお世話になっています」
そうなのだ。
他の人に自分が来た経緯を話しても頭がおかしい奴だと一蹴されて施設に入れられるか路地でのたれ死ぬかのどちらかだ。
その中で好奇心旺盛なDIOのところに来れたのは幸運としか思えない。
「これから何が起こっても私は彼のために頑張ろうと思ってます」
「その気持ちは本心ですか?」
「はい」
テレンスのスタンド、アトゥム神を思い出す。
私が嘘をついていないことは一目瞭然のはずだ。
最期の一口もお腹におさめてごちそうさまをする。
「おいしかったです」
「食事を終えたら入浴をするように。DIO様からの伝言です」
こっちでもおふろに入るっていう習慣はあるのか。
「えーっと場所は‥」
「ご案内します」
道中わたしのことはテレンスと呼んでくださいと言われた。
呼び捨てはちょっと難しいかもと困っていると自分は執事なのだからといって言いこまれてしまった。
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