うみのおさなご
「…ねぇふくせんちょー、ひまー」
ナマエの唐突な発言はいつものこと。呼ばれた当人であるところのベン・ベックマンは、僅かも作業の手を止めずに宣った。
「暇なら甲板掃除でもしてろ」
「いーやーだー」
二人が居るのは武器庫にほど近いとある空き部屋で、そこではベックマンが自分の所蔵する銃やら何やらの手入れをしていた。
「大体、武器の手入れをしている時は近付くなと何度言ったら分かる」
「だってひまなんだもん」
この我が儘娘め、と思いはしても溜息を吐きはしない。こんなことで溜息をついていては一日に何百回ついたって足りないのだから。
「じゃあお頭のところへでも行ってろ」
「おかしら二日酔い。お酒くさい」
にべもない。
「…好きにしてろ」
最終的に諦める(というか諦めざるを得ない)ベックマンはいつもそうやって何だかんだナマエが傍にいるのを許すのだった。
ナマエもナマエで、許可が下りた後は無闇に邪魔をすることもなく、じっとベックマンの作業を見詰めている。こんなん見たって面白くもないだろうに、といつだったか言ってみたことがあった。けれど彼女は、わたしふくせんちょーの手好きなの、だとか何とか笑うばかりで傍から離れることは結局無かった。
「……この手が、何度も人を殺してきたのよね」
「何だ、急に」
ぽつり、と呟かれた言葉は普段から馬鹿な言動をしては周囲をからかって遊んでいるナマエには似つかわしくないもので。
「ううん。…ふくせんちょーは、海賊船のふくせんちょーなんだな、って話よ」
「…ナマエ?」
「漁船でも、軍艦でも、定期船でも、客船でもない。海賊船のふくせんちょーなのよね」
間延びして呼ばれる自分の役職名だけが、耳についた。ふくせんちょー、と頼りなげに呼ぶ、幼い声。
「…海賊が、嫌になったか」
「まさか」
ナマエは、お頭が拾ってきた子供だ。栄養失調で随分体の成長が妨げられているらしく、正確な年齢は分かっていない。普段は子供らしく悪戯好きで、甘えたがりのナマエは、それでも時々その容姿に相応しくない発言をする。実は成人しているとしてもおかしくない、とベックマンは思っている。だがその容姿はあくまで幼い子供なので、赤髪海賊団の面々は割合ナマエを甘やかし、可愛がっていた。そして、何故だか一番懐かれているのが、常ならば子供に好かれることなど考えられないベックマンなのであった。
「…ねぇ、ふくせんちょー。わたし、みんなのこと、好きよ」
「…そうか」
おれたちもお前が好きだ、と、一度でも返していたなら、
何か少しは違っただろうか。