運命と死神の鎌

「なあ松田、お前、………運命って信じるか?」

 突拍子もなく突然言われた言葉に、松田は、たっぷりの沈黙の後。

「………はぁ?」

 まぬけな声を漏らすしかなかった。



 ピンポーン

 うららかな休日の午後三時、チャイムが鳴ったその家には、引き取られたひとりの少女しかいなかった。家主の老夫婦は、二泊三日で丹沢にトレッキングに出かけている。
 ドアホールから見えるのは、サングラスをかけた天パの男と、肩にかかるほどのロン毛の男。どちらも怪しい。ナマエは居留守を決め込むことにした。

「居るのは分かってんだよ!怪しいモンじゃねぇからとっとと鍵開けろ!」

「松田、それじゃただのチンピラだ」

「あーもうめんどくせぇな。おらよ、警察手帳!見てっか?本物だ。聞きてぇことがあんだよ。山田ナマエ!」

「おいそんなんじゃ捜査協力だって取り付けられねぇよ」

「おれのやり方に文句があんのか?」

 ………警察手帳?
 仕方なくナマエはとりあえずインターフォンのモニターをつなげた。

「山田夫妻は不在ですが」

「用があんのはオメーだつってんだろ」

「…警察が、こんな子どもに用?任意ですか?強制ですか?」

「あーもうっとにめんどくせぇな!」

「松田、落ち着け。あー、君、ナマエちゃんか?」

「…はい」

「俺は荻原研二。こっちは松田陣平、現職の警察官だ。……山田太郎の友人だ、っつったら分かるか?太郎が君にメッセージを残してるはずなんだが」

 ――――思い出した。太郎に語り聞かされたエピソードの中のひとつ。爆弾処理のエキスパート。
 ナマエは少しの間だけ顔を覆い、目を瞑ってから、門の錠を解除した。



 しばらく荻原の話を聞いて、ひと段落したところで、ナマエは二人に断って一度二階にある自室に引っ込んだ。棚に仕舞ってあるノートを取り出し、ぱらぱらとめくって、太郎の字をたどり、またノートを戻して一階へ戻る。
 ナマエと出会う前に、太郎は既に物語の人物を救っていたらしい。深入りするなって言ったのに。
 ………けれどきっと、ナマエと出会う前から、ずっと考えていたんだろう。そう思うと太郎を責めることはできなかった。

「〜〜だから、あんなガキに何が分かるんだってんだよ、荻原」

「まあまあ、お前は太郎に会ったことねーから分かんねーかもしらんが、とりあえず聞けよ」

 そんなやりとりをする二人のところへ向かう。

「………事情は分かりました。ビデオテープは生憎太郎のミスで肝心のメッセージが録音されていないので、あなたのことは聞いてませんでしたが…爆破事件のことに関してはメモが残っていたので」

「録音ミスって…はは、あいつらしーな」

 そう言って笑ったのは荻原だ。太郎のことを知っている人間は少ない。彼が死んでからこんな風に彼のことを話したのは初めてかもしれなかった。つきん、と胸の奥が痛む。…ノートを隅々まで読んで整理しておく必要がある。まだ太郎の字を見るのもつらいからと言い訳していた結果がこれだ。

「順を追って整理しようか。まず…四年前、俺は死ぬはずだったのを奴に助けられた。だが部下をひとり死なせちまってな―太郎に言われて雲隠れした。部下を死なせたことに耐えられず失踪したように見せろ、と言われてたんでな。だがその後太郎は死んじまって、俺はこいつに見つかった」

「まずそっからおかしいだろ。何でお前が雲隠れする必要があったんだよ」

「だからそれは太郎にも言われたが、」

 横から松田が納得していないように突っ込んだ。それに萩原が苦笑して返そうとするのを、

「死ぬはずだったからです」

 ナマエがそう言って遮った。途端に松田の表情が鋭くなる。

「だから何でそれが分かるんだよ」

「なぜと言われても説明しようがない。でも、萩原さんは死ぬはずだった。そしてもし彼が運命の通りに死んでいたとしたら―――と、その前に。警視庁に爆弾魔からのカウントダウンは届いていますか?その運命が変わっているなら別に萩原さんは雲隠れしなくてもよかったんでしょうけど」

 途端に、二人の顔色が変わった。

「…届いているんですね。時系列的に、1のカウントはもう終わったんでしょうか。で?松田さん、あなたは、捜査一課に異動できそうですか?」

「…異動する必要なんか」

「ほら、ね。じゃあ萩原さんがずっと雲隠れしていたらどうでした?もし死んでいたら?友人をそこまで追い詰めた犯人を捕まえるために、何が何でも爆弾魔を捕まえようと…異動を、申し出たんじゃないですか」

「それは…」

「それが運命だったんです。だから太郎は萩原さんにそんな指示を残したんでしょう。…全くあのお人よしは」

「オメー…いや…オメーら、一体何者だ」

「別に。ちょっと人よりいろいろなことが分かるだけの一般人です」

「何で萩原を助けた」

「それは太郎に聞いてください。私はあなた方二人が死のうとどうでもよかった…へたに関わったら危険なのはこっちだから。それなのにあのバカ…」

「太郎が死んだのは、その能力のせいだってのか」

「能力?別にそんな大したもんじゃないですけど」

 ナマエの返答は冷めきっていた。その言葉は本心だ。よく知りもしないキャラより、太郎の方がナマエにとっては大事だったから。キャラを助けようなんて考えを持たなければ太郎はきっと今でも生きていたに違いないと思ってしまう。

「………はは、最初に太郎に会った時はぞくっと来たけどよ…お前も本物だな」

 萩原が冷や汗を流しながらそんなことを言った。

「太郎は何て?」

「最初はストーカーかと思ったぜ…爆弾事件の数か月前くらいからしつこくつきまとってな。俺は死神が見えるんだ、とか言って…あいつがいなけりゃ俺は死んでた。太郎には本当に感謝してるんだ」

「そう…本当、お人よしなんですよ」

 ナマエは目を伏せた。…松田はこのまま関わらなければ死なないのかもしれない。だが爆弾魔はどうなるのか?コナンたちはどうなるのか?
 ふぅ、と小さく息を吐く。…なるべく原作通りに事を進めるのがいちばんいい。太郎ならそうするはずだ。だから萩原も隠れさせたのだろうし。

「で?お嬢ちゃんにも死神が見えるのか」

「………ええ、そうですね。松田さんの後ろに。」

 その頃には、流石の松田も、ばかげていると切り捨てることはできなくなっていた。



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