ポアロは嘘つきの集会所

「あ、ナマエお姉ちゃん!」

 制服姿の少女を見つけて、歩美は一目散に駆け寄っていった。その後を元太と光彦、仕方なくコナンと灰原も追いかける。

「あ、歩美ちゃん……と、みんな」

「哀ちゃんは初めましてだよね!」

 無邪気な歩美の笑顔に、ナマエはしょうがないな、と苦笑した。

「山田ナマエです。よろしく」

「……灰原哀。」

 見ていたコナンは、似た者同士だな、と少し笑った。

「あれ?ナマエ姉ちゃん、顔色悪いよ?」

「…そうだね、もう、夏だから」

 セーラーの夏服から伸びたナマエの細い腕は、相変わらず不健康に色白い。…冬や春より夏の方がいっそう青白く見えるのは一体なぜか。

「休んでいった方がいいんじゃない。今にも倒れそうよ、あなた」

 あの灰原すら、ナマエにそう声をかけた。ナマエは小学生に指摘されたことを恥じるように少し照れ笑いをして、手を額に当てて影を作った。

「だいじょうぶ、いつものことだから。倒れないよ。ありがとう」

「…あ、すぐそこにポアロっていう喫茶店があるよ。休んでいったら?クーラー効いてるし。何か冷たいものでも飲んで」

 コナンが提案すると、ナマエは気のせいか、いっそう顔色を悪くした。

「…………いい。ごめん、ほんとに、いいから。」

「ナマエお姉ちゃん、コナン君の言う通りにした方がいいよ?歩美、一緒に行ってあげる!」

「………」

 彼女は歩美の手を冷たく振り払うかに見えた。それほど彼女の気配は尖っていた。…だが、中学生が小学一年生を相手にそれは流石に大人げないと思ったのか、ナマエは弱々しく歩美に手を握られるがままにさせた。

「でもね歩美ちゃん、私、すぐそこがお家だから、大丈夫だよ」

「だめ!ちゃんと休むの!」

「…歩美ちゃん、」

「小学生に言われちゃおしまいよ。おとなしく言う通りにすることね」

「……灰原…さんまで…」

 ナマエははぁ、と溜め息を吐いた。ポアロには本当に行きたくなかったのだが。
 …あの男はまだいないだろう、と思い直して、素直に子どもたちに従ったのだった。



「……はぁ」

 歩美と元太と光彦は、コナンが途中で帰した。灰原も帰路につき、現在ナマエはコナンと二人でポアロの席に座っていた。

「具合よくなった?」

「おかげさまで。…お恥ずかしいところをお見せしまして。ごめんね」

「ううん!…一度ナマエ姉ちゃんとはゆっくり話してみたかったし」

「………そう。」

 もう帰っていいよ、と言おうとしていたナマエは、先手を取られて言葉を飲み込んだ。
 氷が解けてきたアイスコーヒーをずず、と啜る。

「ブラックで飲むんだ。大人だね!」

「コナン君はコーヒー飲めないの?」

「……だって、大人の飲み物でしょう?」

「そうかな?意外とおいしいかもよ?ほら、」

 ナマエはコナンにグラスを差し出した。それは、半分意地悪の、半分親切心だった。子どもの姿では好きなアイスコーヒーも満足に飲めない彼への。

「い、いいよ」

「いいから、飲んでみなよ」

 はたから見たら中学生が小学生を虐めているように見えるかもしれない。だがこの小学生は子どものふりをして容赦なくこちらへ踏み込み荒らしていくのだからこれくらい許してほしいものだ。
 変な顔をしながらも、コナンはアイスコーヒーを啜った。

「どう?」

「…苦い」

「はは、お子様には早かったかな」

「………飲めるもん」

「そう?じゃあ残り全部あげるよ」

 これも、意地悪にみかけた親切心だ。……と、言い張っておく。

「ねえ、ナマエ姉ちゃんはさ、」

 コナンは、苦そうにする演技も忘れてコーヒーを啜りながら、そう切り出した。

「…何?」

「夏が嫌いなの?」

「……………そうね。大切な人が死んじゃった季節だから。」

 太郎が死んだのは、暑くなりだした、夏が始まろうとする時期だった。そういえば初めて事件に遭遇して両親を失ったのも夏の真っ盛りだったような気がする。火事があったのは、夏の終わりごろ。徹底して夏に集中しているじゃないか、と今さら気付いて可笑しくなった。

「それって、お父さんとお母さん?それとも、」

「家族も、大切な人も、みぃーんなよ。一人ずつ名前をあげてほしい?」

「……う、ううん。ごめんなさい」

「君は、知りたがりだね」

「………怒った?」

「いや?中学生が小学一年生に本気で怒る訳ないでしょ?…まあ、嫌なことは思い出したけどね?」

 そう言いながらもナマエが笑顔の裏に圧力を込めると、コナンは神妙な顔をして、もうすっかり薄くなってしまったコーヒーの残りを啜った。

 家族も、大切な人も、とは。家族と大切な人がイコールではないのか。

「……………ひとつだけ、聞いていい?」

「内容によるかな」

「…ナマエ姉ちゃんは、もしかして、倒したい“誰か”がいるんじゃない?」

 ナマエはくすりと笑った。流石コナン君だ。何かに感付いているらしい。そんな風に組織と関係があると思われていたとは知らなかったが。

「何のお話かな。ゲーム?マンガ?それとも――――私の大切な人を奪った誰かを、コナン君は知っているのかな。」

「……!」

「なーんて。私の家族は、みんな事故で死んだよ。まあ、…両親を殺した人は服役中だけど。別にその人を倒したいと思ったことはないかな」

「ナマエさん、」

「はは、コナン君、さっきから私の呼び方、安定してないよ?」

「………」

 ナマエは少し苦笑した。小学生を―中身は高校生だとしても、どちらにしても子どもに変わりない相手を、虐めすぎたかな、と。少し大人げなかった。仮にも一度は30を過ぎた人間が。
 どうせ組織を倒したいだなんて思ったことはない。ナマエは痛みだけ抱えて生きている。悪の組織を倒すだなんて大層な目的なんか要らない。この痛みを癒しながら、なるべく平穏に、平和に生きて、いつかあんなこともあったと笑える人生にしたいだけなのだから。
 ふと見遣った窓の外は影が濃くなり始めていた。

「コナン君、おうちはどこ?」

「…ボク、ここの上の階に住んでるんだ。だから帰りの心配はしなくていいよ」

「そう、じゃあ。二階まで気を付けて帰ってね。私はそろそろ行くね」

 彼がここに住んでいることなんてとっくの昔に知っていたけれど。

「……うん。コーヒーありがとう」

「また分けてあげるね」

「ナマエ姉ちゃんの意地悪。」

「あはは。ばいばい、コナン君」

 失礼な。親切心だ。ナマエは笑って手を振った。外は影が落ちて少し涼しくなって、だいぶ歩きやすくなっている。

 …組織なんか私の手で倒さなくていい。どうせ君たちが倒してくれるから。それより私は夏を好きになりたい。
 倒したい相手がいるといしたら、それは組織なんて大層なものじゃない。恨みを抱くたった一人の彼か、あるいは、恨みを消せない自分自身、そのどちらかだけだ。



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