宮野明美
次郎とは、彼自身の話をするより、太郎の話をすることの方が多かった。
まだ元の世界のことまで触れるのは怖かったから、主にこの世界でのことしか話さなかった。次郎がそれを気遣ってくれたのかは知らないが、彼もこの世界での太郎の話しかしなかった。
「あいつ、国際医師免許も持ってたんだぜ」
「え、そうなんですか?知らなかった…太郎って意外とすごかったんだ」
「はは、あいつが聞いたら憤慨するぞ」
「なんてね。あいつがすごいってことくらい知ってます」
「……うん、きっと泣いて喜ぶな」
「太郎とは、仲よかったんですか」
「まあな。…君も覚えがあるだろ?あいつはさらっと人を救うんだ。あいつがいなかったらおれは今頃どうなってたかなー」
ナマエも、太郎に救われたから、その気持ちは分かる。
「次郎さんは、太郎がどんな風に死んだか、知ってますか」
「…………状況は、まあ」
「ばかですよね。一番好きな…ひと、に殺されて。そのひとを恨むななんて。」
「……えっ、好きな人?」
「え?」
「えっ、あ、ああ、そうだね」
キャラ、というのがためらわれて、人、と言ったのが変だったろうか。確かに、これではまるで安室に恋をしていたみたいだ。
(でも、安室さんの話する時の太郎、恋してるみたいだったな)
まあ、アイドルとかキャラクターに対する好き、なのだから、恋という比喩は多少違うかもしれないが。そう懐かしんでいたナマエは、次郎が微妙な顔をしているのに気付かなかった。
*
そうやって何度か話したりしながら会っているうちに、宮野明美救出作戦もだいぶ練りあがった。息を詰めて待っていたその日はあっけなくやってきて。
いつもなら頭を撃ち抜くジンが、宮野明美のときはなぜか胸しか狙わなかった、というメモがあったので、血のり入りの防弾チョッキで全ては事足りた。代わりの死体を燃やして偽装し、全ては完了。ただし、距離が近すぎて、弾は防げたものの衝撃で明美が気絶してしまったのは予想外だった。彼女自身で逃げ出してもらうつもりが、コナンと蘭が来るまでその場で倒れることになってしまっていた。
血の量で死んだと思われたようだが、コナンが冷静だったらきっとすぐに気づかれてしまっていただろう。…のちのち疑念を抱かれるかもしれないが、そこまで必死になって隠すことでもない。
あとは宮野志保が無事抜け出してくることさえ確認できれば、明美の生存は明かしたっていいのだ。
無事助かった明美に事情を説明しながら、ナマエは眉を寄せた。本当ならすぐにでも妹と会いたいだろうに。
「それまでは隠れてもらわなきゃいけませんけど…」
「助けてもらったんだから、そんな条件くらいもちろん守るわ。…でも聞かせて、あなたは一体何者なの?」
明美の問いに、ナマエは困ったように笑った。
答えあぐねてしまったナマエの前に、次郎が立ちはだかった。
「…あなたは!」
「後の説明はおれが。…送って行くよ、ナマエちゃん」
…知り合いなのだろうか?次郎の顔を見た明美の目が驚愕に見開かれた。…でも、もう、今日は疲れた。考えるのが面倒だ。
「あとのことは俺に任せてくれ」
ナマエはその言葉に甘えて、こくんとうなずいた。