優しい酩酊

 彼女の経歴を考えれば、分からなくもないことなのだが。
 やはり赤井には分からなかった。



 強い酒を嚥下するときの、彼女の顔は、まるで快感を耐えているときのようだ。
 それを見たさに彼女の好きな酒を用意する自分も、どうかと思うのだが。

「………あかいさん」

 拙くなる言葉も、もちろんクるものはある。だが抑えられないほどではない。はずだ。

「………あかいさん、わたしは、」

 彼女は泣かない。酒の力を借りて泣くことがどういうことかを正確に理解しているから。
 そうして何かを紡ぎそうだった彼女の言葉は、飲み込まれた。彼女の本心は抑え込まれ、代わりの言葉は大した意味を持たない。

「…………のど、かわいた」

 そうして彼女はまた酒を呷って、顔をしかめた。当然だ。水でなければその渇きはいやせない。それなのに彼女はまた酒を飲んだ。飲めば飲むほど渇く海水のようなものだというのに。それを分からないわけでもあるまいに。

「…それ以上飲むなら、今日はもう、理性を飛ばしたいのだと…そう解釈するが?」

 彼女は返事をせずにまた酒を呷った。酔っている人間に何を言ってもむだだった。

「いいのか」

「何が?」

「………」

 …そう、酔っている人間に何を言っても無駄だ。

「あかいさん、わたし、しにたくない」

「………」

「わたし、しにたくないの、ほんとうだよ」

 声音からすれば、その言葉が嘘であることは分かった。ただしその逆が真実であるとも限らない。少なくとも彼女は死にたくないわけではないが、“自分は死にたくないと主張している”と思っていたいのだろう。そう解釈する。

「わたしはしにたくない。言い続ければ、本心になるでしょう?…この世界にだって、鉄の女はいるんだからさ」

「…鉄の女?サッチャーか?」

 この世界にだって、という言葉の意味は分からない。
 だけどサッチャーの名言で“言い続ければ本心になる”というなら、思い浮かぶのはひとつだ。

Watch your thoughts, for they become words.
Watch your words, for they become actions.
Watch your actions, for they become habits.
Watch your habits, for they become character.
Watch your character, for it become your destiny.

考えに気を付けなさい。それらは言葉になるから。
言葉に気を付けなさい。それらは行動になるから。
行動に気を付けなさい。それらは習慣になるから。
習慣に気を付けなさい。それらは人格になるから。
人格に気を付けなさい。それはあなたの運命になるのだから。

 通常、日本語ではもっとシンプルに訳される。

―考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格は運命となる。

 なるほど、言い続ければ死なずにいられるかもしれない。逆に、死にたいと思い続けたなら本当に死んでしまうのかも。

「なんで、こう、…微妙に同じでさ、もういっそ、全然違っててくれたならいいのに」

「…何のことを言っているか分からんが、そろそろ水に切り替えないと後で後悔するのはお前だ」

「…うん。そうだね」

 そうだね、と言いながら彼女はまた酒を呷った。

「あかいさん…」

 熱っぽい吐息に、赤井は、我慢しているのが何だか馬鹿馬鹿しくなった。

「……再三、忠告はした」

 言いながらため息をつき、彼女の肩を押し倒せば、赤井の体の下で彼女は笑った。酔い切っているくせに何もかも見透かしたような目でこちらを見ながら。

「まだ、にかいでしょ。再三じゃないよ」

 完全なる酔っ払いなのか、それとも。

「………余計なことしか喋れないなら、もう、黙れ」

 口づけは、拒まれなかった。



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