来葉峠の一件
「ねえウェルシュ、あなたはどう思う?」
「さぁ。推理は俺の領分じゃない。…生きているならまた殺す。それだけだ」
「相変わらずね」
ベルモットの婉然とした笑みにも動じず、ウェルシュは腕を組んで淡々と答えた。その隣ではバーボンが、キールの撮ったビデオを何度も繰り返し検証している。
ベルモットが去った後で、ウェルシュはバーボンの隣に座り直した。
「……死んでないと言い切れる確証は?」
「あいつがあんなところで死ぬはずがない。…それに、やはり最後の脳天への一発は不自然です」
「フン。……結局は勘か。まぁ、俺も似たようなもんだが」
ウェルシュの言葉に、バーボンはようやくビデオから視線を外して顔を上げた。
「どういうことです?」
「……信じるかどうか知らんが、あいつが大けがした時には俺はいつもそれを感じた。だったら、死んだのに何も感じないはずはない。非科学的な根拠だがな」
…いちいち口調が赤井に似ているのが苛立たしい。バーボンは、辛うじて「そうですか」と返事をしながら、ウェルシュを視界に入れてしまったことを後悔していた。
*
工藤優作のマカデミー賞受賞が発表された夜のこと。結局沖矢昴と赤井秀一が同一人物である確証を得られなかったバーボンに、ウェルシュは皮肉げに吐き捨てた。
「なぜ首元の確認に留めた?皮膚をつねるくらいしてもよかっただろう。あのマスクが変声機でないと言い切れるのか?」
己を咎めるウェルシュの口調が、まるで赤井とそっくりで、バーボンは思わず苛立ちを顔に出した。それを見てフン、と鼻を鳴らすウェルシュの顔はこれまた赤井にそっくりだった。
「……僕の息のかかった部下が、直に、赤井本人を確認したんです。少なくとも僕が会った彼はあの男ではありえませんよ」
「あの屋敷が誰のものか忘れたのか?藤峰有希子ならば変装くらい容易いだろう」
「それくらい僕も考えましたが、僕は直接喉元を見ているんですよ?いくら何でも喉ぼとけが本物かどうかくらいは…いや、まさか」
「しかもご丁寧に工藤優作の授賞式の時間帯と来ているしな」
「なるほど…優作氏の方が彼女の変装で、あの時の沖矢昴は優作氏だったということか…!」
「今となっては推察にすぎんがな」
じとり、と睨んでくるウェルシュに、バーボンは苛立った溜め息をぶつけた。
「だからって無関係な一般人である可能性もゼロではないのに、人様の顔を剥けるわけがないでしょう」
「ゼロだよ」
「…っ」
言い切ったウェルシュに、バーボンは息を呑んだ。
「ゼロだ」
「何を根拠に…っ」
まるで、自分がゼロ
――――公安警察の一員であることを突き付けるかのような彼女の言葉に、バーボンはうっすらと冷や汗を流した。彼女は赤井への憎しみだけで組織に居続けているのだから、バーボンがNOCと分かったところでそれを告発するメリットはない。…だが黙っていてくれるとも限らない。告発しないメリットもないのだから。
「間違えるな。俺は、組織も、FBIも、どうでもいい。あの男に一泡吹かせたいだけだ」
「………それは僕も同じです」
「ならばしばらくはまだ手を組む利はある。他所事に気を取られてくれるなよ」
そう言ってウェルシュはどこかへ消えてしまった。相変わらず身勝手な人間だ。まるで赤井のように。