温泉2
一方女湯では。
「あ、洗い場は別なんだねー。ここで体洗って向こうのお湯に浸かるみたい」
モコナがぴょん、とあたりの様子を窺った。床が滑りやすくなっていたのか、はしゃいでつるりと滑りそうになったのを透明人間が慌てて支える。
「いい匂い。これで体を洗うのね」
サクラも、花の香りただよう浴室に笑顔を見せている。紛うかたなき女子の花園だった。透明人間もこそこそと浴室に入り、隅っこの腰掛に座って体を洗おうとすると。
「ナマエちゃん、髪、洗ってもいい?」
まぶしい笑顔でサクラがお願いしてくるのを、透明人間が断れるはずもなかった。
「かゆいところはありませんかー」
楽しそうにサクラが透明人間の髪に触れる。否、と返事をしながら、俯いた透明人間は泣きそうになっていた。誰かに髪を洗ってもらえるなんて。この姿になってもそんなことをしてもらえるなんて。
“さ、サクラの髪も 洗っていい?”
涙ごと泡を流してもらった後、意を決してそう尋ねると、サクラはやはり眩い笑顔で
「お願いします!」と言った。ついでに背中も流しっこをしたり、モコナを泡だらけにしたりして存分に楽しんだ後。二人とモコナはようやく湯殿へと足を踏み入れた。
「うわぁーすごい湯気!」
「この仕切りの向こうは男湯かなー?うふふ、温泉と言えばお約束だよねー」
モコナの言っていることはよく分からなかったが、湯殿はとりあえずとても立派だった。源泉垂れ流しのようで、岩の隙間から小さな滝のようになってお湯が注いでいる。
「ナマエー、お湯に入る時は手拭い取らなきゃだめだよー。こうして頭の上に乗せるといいよ!」
“えっ いや でも…”
「恥ずかしがらなくてもいいのにー」
語尾にハートが付きそうな勢いでモコナが言う。お湯が濁っているのを見て、透明人間は恐る恐る手拭いを取ると、急いでお湯に浸かった。
「気持ちいねー」
「ほんとね モコちゃん。ナマエちゃんも ね」
“う、うん”
和やかな空気が流れた。初めてだというサクラも、熱さは平気らしい。ナマエも温泉には入ったことがあったので平気だが。
「ところでサクラー、結構胸あるねー。肌もキレイだしー」
これまた語尾にハートをつけてモコナが言った。サクラはきょとんとする。
「そうかな?…ナマエちゃんもきれいよ」
言われなれない台詞、特に透明になってからは綺麗かどうかなど見えないのだから言われるはずもない言葉に、透明人間は顔を真っ赤にした。
「モコナもー!」
「モコちゃんも。すべすべね」
サクラは笑顔でモコナに頬ずりした。温泉でつるりと潤った肌はそれこそ温泉卵のようにすべすべだ。
サクラはふふ、と楽し気に笑うと、ぱしゃん、と両手でお湯をすくって落とした。
「サクラ楽しそうー」
「うん 実はね こうやって誰かとお風呂に入ったのってあんまりないから」
「そうなの?」
「父様も兄様も雪兎さんも、お風呂は別だし。母様は別にして、お手伝いさんはいたけど、髪洗いっこしたり、背中流しっこしたりしたのは初めて」
「今日、来てよかったね!」
「うん!」
屈託ない笑顔に、つられて透明人間も笑顔になった。
「温泉、楽しかったねー!」
「また入りたいねぇ」
出口にて、またもやはしゃいだ声をあげるモコナに、同調するファイ。その後ろには赤く火照った頬をさまそうとする透明人間、にこにこ楽しそうなサクラ、なぜか若干憔悴している小狼に、それを呆れたように見る黒鋼が続いたのだった。
〜おしまい〜