雪山にて

 一同は雪深い山奥に到着し、ひとまず人里を目指していた。モコナによれば羽根かは分からないが不思議な力を感じるとのこと。

「わー何もないところに雪が溜まってると思ったらナマエちゃんだったー」

「いっぱい雪くっついてるねぇ。寒くないー?」

 しんしんと静かに大量の雪が降り積もる中。流石の透明人間も雪に吹かれてその形を現していた。しかしここでファイと黒鋼は不審に思う。自分たちの体に触れた雪はすぐに解けているのに、どうして透明人間の周りだけあんなにくっついているのか。そもそも、透明人間には気配がない。体温は?

「……ナマエさん、大丈夫ですか?…歩調が」

 小狼が心配そうに告げた瞬間、雪のかたまりがどさりと頽れ、何もない雪面に人ひとり分ほどの跡がついた。

「ナマエ!?」
「ナマエさん!」

 近かった黒鋼がとりあえずその体を起こし、雪を払う。

「………冷えきってるな」

 冷え切っているどころか、人間の体温などどこにも感じられない。ただ雪のかたまりを触っているような温度だった。しかも、雪を払うと、透明人間の形は途端に薄れていった。

「まずいね…意識を失ったら、気配ごと見失うよ」
「ナマエちゃん、体が消えていく…!」
「サクラでも見えないの!?」

 ファイが深刻な口調で言ったと同時にサクラが口元を覆って目を丸くし、モコナがそれに驚きの声をあげた。姿なきものの姿を見、声なきものの声を聞くサクラにすら見えなければ、本当に誰にも分からなくなってしまう。黒鋼が舌打ちをして、急ぎ透明人間の体を抱え上げた。本当に触れているのかも分からない微かな感触と、微かな重みだけが頼りだ。



 透明人間が次に目を開いた時、目に入ったのはただただ真っ白な雪の塊だけだった。もしや雪に倒れてそのまま見失われてしまったのかと慌てて起き上がれば、体が雪の塊を突き抜けた。

「あ、起きたみたいだねー」

 ファイの声。一体何がどうなっているのか分からず呆けた透明人間は、しばらくして、自分が雪でできたかまくらの中にいたことを理解した。辺りを見回すと、かまくらは三つほど作られており、そのかまくらを風よけに、中心には焚き火が焚かれている。

「服、濡れてるんだったら脱いで乾かしてねー」

 言われて、自分の服が微かに湿っていることに気付く。脱ぐほどではないが、それを伝えようとメモ帳を取り出してみると、紙は湿って使い物にならなくなっていた。

「あ、あと下に黒様いるからどいたげてー」

 っ!?

 慌てて飛びのくと、確かに白い雪の中に黒鋼の体が見えた。慌てて謝罪しようとするも、紙は濡れている。透明人間はあわあわと雪に直接文字を書こうとした。文字が完成する前に、黒鋼は口を開いた。

「……倒れる前に言え」

 ?

 もっと怒られるかと思ったが、黒鋼は予想外に穏やかだった。その眉間には深く皺が刻まれているものの。

「熱は」

 短く問われ、透明人間は一瞬呆けた。熱?
 そして何となく額に当てた手に、ありえないほどの熱さを感じて慌てて離す。この姿になってから、熱を出したのなんていつぶりだろうか。

「あの後しばらく街とかなくてー、しょうがないからあの場に雪洞作ったんだよー。黒様が」

 ファイが毛布を抱えて近づいてきた。

「体温がなかなか上がらないからって添い寝もしてたしねー。さすがおとーさんは頼りになるねー。あ、ナマエちゃんまだ横になってた方がいいよー。熱、あるでしょ」

 その場で呆けていると、黒鋼に引き倒された。そのまま黒鋼は立ち上がってどこかへ行く。まだお礼を言っていない、と思ったが、黒鋼は振り向かない。これでは雪面に文字を書いたとしても意味が無い。

「大丈夫ー、分かってるからねー。黒みーも湯たんぽご苦労様ー」
「…うるせぇ。目、離すなよ」
「はいはーい。行ってらっしゃーい」

 黒鋼の背中にひらりと手を振った後、ファイは透明人間の方に向いた。

「あ、多分小狼くんたち呼び戻しに行ったんだと思うよー。大丈夫だから、ナマエちゃんは寝るのに専念しようねー」

 言いながら、ファイは透明人間の額の部分に正確に小さな袋を置いた。中には雪が入っているようだ。どうして正確に分かるのだろう、と一瞬不思議に思って、ああ、熱があるからか、と分かる。

「…怖かった?」

 ファイがぽつんと呟く。

「誰にも見つけられずに、ひとりで真っ白な雪の中に置き去りにされてしまうかもしれないって。……なんて、オレには想像もできないんだけどねー」

 袋が目まで覆っているせいで、ファイの表情が分からない。透明人間は、手探りでファイの手を取り、その手の甲に直接指で文字を書いた。

 ファイ を ひとりぼっち には しない
 いなくなっても 見つける
 みんなが 自分を 見つけて くれた ように


 ファイの返事はなかった。代わりに、袋の上から手が置かれる。もう眠りなさい、というような優しい手。
 握られた手に、温かさが伝わった。

“おやすみ”

 その言葉が、ファイの口からもれたものなのか、それとも触れたところから伝わってきたものなのか、理解する前に透明人間はすぅっと目を閉じた。


『…私がナマエさんと会話できるのは 私の力ゆえです。ファイさん、魔力があるあなたならきっと ナマエさんとお話することができます』


 眠りの間際、阪神共和国で嵐が言った言葉が、ふっと思い出された。
 ファイは、自分と話すために、力を使ってくれたのだろうか…。



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