「止まりなさい!」
3センチのヒールを鳴らしながら、全力で住宅街を走り抜ける。ジリジリと肌を射す太陽の熱に、こめかみから汗が伝った。
「苗字、そっち回れ!」
隣から聞こえた声に頷き二手に分かれれば、住宅街の罠にハマった目当ての人物が行き止まりの壁に右往左往している。
「ナイフを捨てて!ゆっくり両手をあげなさい!」
私の声に振り返った男は、手にナイフを持ったまま私に向かって意味不明なことを怒鳴る。
「…強盗傷害に、薬物乱用、それであたしを傷つけたら公務執行妨害も付くわよ」
そう相手に言いながら少しずつ距離を詰める。
私から見て右側のブロック塀の陰から、同じように男に近づく人物が視界に入った。私を見たその人は、ひとつ頷いた。
その瞬間、男に横から「動くな!」と言い放ち驚いた男はナイフをその声の人物目掛けて振りかざした隙にダッシュでその男の開いた脇腹をヒールで蹴り上げた。

「佐々木真斗、強盗傷害及び公務執行妨害で逮捕する!」
地面にへばりつくように取り押さえた男の背中に乗り手錠をかけたスーツ姿の人物は、「ほんまっ、クソ暑いのに走らすなや」とグッとさらに男の体に体重をかける。
「ヨコ、とりあえず連れてこう」
ヨコ、と呼ばれたそのスーツ姿の人物は私を見て男を立ち上がらせる。
来た道を振り返れば、制服警官やパトカーが着いていた。


「お疲れさん」
自販機の前の休憩スペースでコーヒーを飲んでいれば、現れた人物に「ヨコもお疲れ」と返す。
「げ、ブラック切れてるやん」
「ごめん、最後の1本だったかも」と飲んでいた缶コーヒーを見せれば「しゃあないな」と言いながら缶を奪い取った。
「あ!ちょっと!」と文句を言えば「ごっそさん」と缶コーヒーが手に戻ってきた。
「もぉ…取り調べ終わったの?」
「3件ともあっさり認めたわ」
ふう、と息を吐いて隣に座るヨコは「薬買う欲しさに、年寄りばっか狙いやがって…」と先ほど捕まえた男の取り調べを思い出したのか、苛ついたようにソファの背もたれにドンっと寄りかかった。
「…でも、これで被害者の人たちも安心してもらえるね」
そう言いながら、隣に置いてある手にポンとお疲れ様の意味も込めて自分の手を重ねた。
「お前、また蹴り強なってない?」私の重ねた手を一瞬握り返したヨコは立ち上がり、笑って見下ろしてくる。
「あの男、たぶんあばらいったで」とからかうように笑うヨコに「日々鍛えてますから」と得意げに返す。

「相変わらず、ストイックやな。ま、今日は飲み行くやろ?」と聞かれ、私も立ち上がり「飲みたーい!」とわざとらしくヨコの腕に自分の腕を絡ませて抱きつけば「アホ!離れろや!」と顔を赤くする姿に思わず笑う。
「ほんと、純情なんだから」
腕を振り払って、先に歩いていく背中を見てつぶやく。
「今日は、事件起きませんように」

相棒との久々の夜に思いを馳せながら、心の中で願ってその背中を追った。



唯一無二の存在




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