6.秤にかけた矛盾だらけの感情

本当は、天秤にかけてはいけないことだと知っている。

「亮ちゃん!お風呂最後に入ったら栓抜いてよ!」
「はあ?昨日シャワーしか使ってへんし」
「いや、その時お湯溜まってんだから抜けばいいだけじゃん!」
朝も早よからまあ、そんなキャンキャン言い合えるな、と思いながら我が家の次男と長女を見る。
先日までは、末っ子が心配するほどギクシャクしてた2人は予想通り、気付けばいつもの状態に戻っていた。
「すばるくん、名前に言うてや!朝からギャーギャー言うねんで!」
ソファに座っていた俺を見て亮は訴えてくる。
「亮ちゃん、これ持っていって!」名前に、トーストが4枚乗せられた皿を渡され言われるがままに運ぶ亮に吹き出しそうになる。

いつもの2人ではあるが、名前は俺をどことなく避けている。先日、亮と2人で珍しく帰ってきた日名前の目元は泣いた跡があり聞けば、見てきた映画に感動したからだと言ってきた。けど、落としたのか廊下に落ちていた映画の半券には、明らかにコメディのタイトルが書かれていた。
亮は、それから名前を腫れ物に扱うように接するようになったし、名前は俺と話はすれど2人きりになると決まって、自室に行った。
それではっきりした。あいつの涙の原因は俺だと。

「ただいま」
雨で現場仕事が中断になり早く上がれた日、とくに寄り道もせず家に帰ればリビングで名前がアイロン掛けをしていた。
「おかえり。雨大丈夫だった?」
視線を上げずに、俺を見ないまま話しかける名前に、いつもならなにも気にしないのに今日は苛立つ自分がいた。
なにも答えない俺を不思議に思ったのか、やっと顔をあげた名前はじっと見つめる俺と目が合い、慌てて目線を逸らす。それが、俺のナニカのスイッチを押した。

「ちょ、っとすばるくん!痛いって」
座っていた名前の腕を掴み無理矢理立たせて、リビングを出て階段を上がる。後ろで、ずっと俺の名前を呼んでいる声を聞き流し、そのまま自分の部屋に名前を入れた。
「いきなり、なに?」
「それは、こっちの台詞やろ。お前、なんなん?俺に言いたいことあんならはっきり言え」
向かい合って立ち、名前に少し強く言うと彼女の肩が少し揺れたのが分かった。
「別になにもないよ」
名前は自分を守るように、右手で左手の腕を握っている。
「やったら、なんで俺のこと避けんねん…」
喉から出た声が思ったより擦れて、自分がいかにダメージを食らっているか気付く。

ずっと、ずっとそれこそ彼女が誰かと幸せになるまで大切にして、守っていかなと思っていた。
突然、家族を失った小さな女の子をガキなりに受け入れて守って。
やから、気づかないふりをした。
兄として見られていた視線が、妹として見つめていた視線がだんだん色を変えていったことを。

「…じゃあ、もう妹は嫌だって言ったら?」
ぽつり、と耳に入ってきた言葉に俯いていた顔をあげれば今にも溢れそうな涙を溜めた名前の瞳と目が合う。
「もう、お兄ちゃんなんてずっと前から思ってない。」
名前の口から吐き出された言葉とついに瞳から溢れた涙に心臓の奥に衝撃が走る。
それ以上は、言わないで。
それでも、その先を聞きたい。
矛盾だらけの感情が、俺の口をがんじがらめにする。
「…すばるくん、私はすばるくんが好き。一人の男として。…ごめんなさい」
その言葉と一緒に床に泣き崩れた名前は、両手で顔を覆って小さく、嗚咽とともに「ごめんなさい」と呟く。


俺は、ただ彼女を守りたかっただけ。
こんな風に泣かせたくなかった。


この想いを秤にかけた自分への罰なんだろうか。


頭でそんなことを考えながら、体は小さく蹲って泣く彼女を力一杯抱きしめていた。


20160720


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