3.ずっとピーターパンだと思ってた

ことのはじまりは、珍しく三男の一言だった。

「よし!旅行行かへん?」

家族全員、予定なしの平和な日曜日の昼下がり。
お昼の素麺をつついていたら、忠義の言葉に全員箸が止まった。
「は?旅行?」すぐさま、聞き返した亮ちゃんは付け合わせにと、残り野菜で揚げた掻き揚げを咥え、「なんで、また」と続けた。
「え〜だって、一回も旅行したことないやん。小さいときにばあちゃんとこ行ったりはあっても」と忠義は「楽しそうやん」と強請る。
「え、でもすばるくんだって仕事休めないでしょ。ねえ?」と私が言えば「まあ〜…休めんちゅう今からやと盆休みがあるんちゃう?」と返す。
そうでした。我が家の長男は末っ子にはゲロ甘でした。
「え!すばるくん、行く気なん?」
そんな、長男を敬愛してる次男がちょっと不満そうに言う。「ええやん、たまには。亮も行くやろ?」と聞けば「すばるくんがそう言うなら…」と返す亮ちゃんに笑いが出そうになり、慌てて素麺をかきこむ。
「名前ちゃんもバイト前もって言ったら休めるやろ?」話が通ってすっかりご機嫌の忠義が横から顔を覗き込む。
「まあ…長くないなら。でも、忠義大丈夫なの?あんた一応受験生でしょ?」と言えば「大丈夫大丈夫」と不安にしかならない返事をして溜息がでた。
「じゃあ、場所とか宿とか俺探すから!1番、暇やし!」と早々とごはんを終え、早速探すらしく忠義は部屋に戻った。
「あいつ…急にどうしてん」
忠義のいなくなったリビングに、すばるくんの疑問がぽつり、と浮かんだ。



「わ!!名前ちゃん!限定ソフトクリームやて!」
「わかった、わかった。とりあえず、先にすばるくんと亮ちゃんに飲み物買おう」高速のサービスエリアの売店で風で煽られるのぼりのソフトクリームに釣られる忠義をひっつかんで、自販機に向かう。
「あっついな〜…人多いし」出てきた飲み物を取り出してると、後ろから聞こえる不満に「夏だし、旅行行きたいって言ったのは忠義でしょ」と返せば「やって〜」と甘えた声を出す。
「ほら、早く車戻るよ」それぞれ、両手に飲み物を抱えて車に乗り込む。
「あと、1時間で着くで」
運転手のすばるくんに、缶コーヒーを渡し助手席の亮ちゃんにコーラを渡す。
「てか、やっぱ盆はやばいな」色とりどりの車がひしめき合う駐車場を見て亮ちゃんが「まあ、休日って感じはするけど」と続けた。
「まあまあ、宿はいいとことったし!あともうちょっとやで!頑張ろ!」
後部座席に座る私の横で、持ってきたお菓子をガサガサ開けて言う忠義に「お前、寝てるか食うてるかだけやんけ」と亮ちゃんがツッコんだ。

それから、無事に目的地に着き宿に入ると、老舗の旅館で思わずすばるくん、亮ちゃんと顔を見合わせる。「ちょっと…忠義!」
呑気に「わ!混浴ある!入りた〜い」と受付付近にある案内板を見てる背中を叩く。
「痛、もうなに名前ちゃん」「あんた、ここめちゃくちゃ高そうなんだけど!」小声で訴えれば「大丈夫やって!」「高校生が選ぶ旅館じゃないでしょ!」と、小競り合いをしてると
「ほら、部屋行くで」
いつのまにか、チェックインの手続きをしたすばるくんが鍵を回しながら忠義と私の間に入った。
「んふふ。名前ちゃん心配せんでも、ちゃんとすばるくんに最終決定してもらってます〜」ドヤ顔で言う忠義に「うわ、その顔腹立つ」とイラッとした顔する亮ちゃんに「まあ、思ってたよりえらい敷居高めやったけどな」と苦笑いするすばるくん。
なんとなく、なぜ忠義が旅行行きたいと言いだしたのかすばるくんは知っている気がした。
だから、きっと忠義が選んだものを全て受け入れたのかもしれない。
「とりあえず、風呂やな!」
なんにも考えてなさそうな亮ちゃんの声がロビーに響いた。


それから、お風呂に豪華な夕飯を終え、お酒もすすんだ運転手2人組は気付けば布団へ転がっていた

24時間入れるらしい露天風呂は、やはり天然掛け流しなだけあって気持ち良かった。なんとなく、肌のモチモチさが上がった気がしてまた入りに行こうかと迷ってると、座椅子に座って、窓の外を見る忠義が目に入った。
後ろから近づいて、「忠義?眠いなら横になったら?」と声をかけると「名前ちゃん楽しい?」と返ってきた。
「もちろん!楽しいよ?忠義もでしょ?」と言えば、ふ、といつもよりずっと大人な笑い方をする忠義に目を丸くする。
「ねえ、どうしたの?」
なんだか、ひどくその横顔に寂しさを感じて肩に手を置いた。
「なあ、名前ちゃんはやっぱり、大学卒業したら家出るん?」
突然の末っ子からの質問に、理解が遅れて意味を飲み込んだら、動揺して肩から手を放してしまった。
「名前ちゃんの部屋に、電子辞書借りようと思って行ったら。都内やない会社の資料とか、物件情報誌とか見つけてもうてん…。」
言いながら、最後は声が小さくなった忠義は「勝手に見てごめん」と謝ってきた。
私は、見られても問題ないと思ってたから目につくとこに出していたし今さら、私物を末っ子に見られたところで怒るつもりもない。
ただ、忠義の明らかにショックを受けている姿に動揺した。
昔から、それこそ養子になる前から兄しかいない忠義にとって、私は唯一のお姉ちゃんでいつだって後ろを付いてきた。寝るのもお風呂も忠義は、私を選んだ。でも、それはお互い成長するにつれ程よい距離を保てていると思っていた。
「旅行行って、めっちゃ楽しい思い出作ったら名前ちゃん、家から出て行きたくならんのちゃうかなって思ってん…。やから、この計画たてた」おかしいな、とは感じていた。そこまで、アウトドアではない忠義が自分から旅行に行きたいと言いだし、めんどくさがりのマイペースが計画を全て経てた。でも、高3だし今だから行きたいのかもと深くは聞かずにいた。
「忠義…」
膝を立て、頭を埋める忠義の髪をなでればぎゅっとその手を握られた。
「わかっとんねん。いつまでも兄弟仲良く一緒なわけやないって。すばるくんやって、亮ちゃんやっていつかはそれぞれ家族を持つって。…けど、俺はもう家族が離れるのは嫌や」
手を握ったまま、顔を見せないように話す忠義の頭をあげさせ、視線を合わせた。
「じゃあ、忠義はずーっと結婚しないであの家にいるの?」
「…」目線だけ下げ、首をたてに1回動かした忠義に苦笑いする。
突然、大切な人を失うことがどんなに悲しくて、裂けるような想いになることを私は知ってる。
「忠義、聞いて。確かに、家をいつかは出ようかと考えてる。でも、それはこの家が嫌だからじゃない。帰ってきていい場所があるから、私は外の世界で頑張ってみようと思えたの」
そう言うと、ゆっくり視線をあげた忠義は私の目を見て瞬きをした。
「お父さんもお母さんもいなくなって、1人じゃないようにしてくれたのは、忠義のお父さんとお母さんだった。私を妹にお姉ちゃんにしてくれたのは、すばるくんに亮ちゃんに、私にべったりな忠義だった。」忠義は、最後の言葉になにか思い出したのか吹き出して笑う。
「忠義、大丈夫だよ。変わることを恐れちゃダメ。変わらないものを大事にしよう」
頭を撫でれば、腰に両手を回して抱きついてきた忠義の背中をさすった。

ずっとどこかで、小さいままだった末っ子は、気付けば大人へと歩いている。

「名前ちゃん大好き」
昔のように、呟いた忠義に「お姉ちゃんも忠義が大好き」と返せば、腰に回った腕が強まったのを感じて笑う。視線を感じて、そちらを見ると布団に転がって寝ていたはずのすばるくんと亮ちゃんが優しく私たちを見て笑いながらお酒を飲んでいた。


20160709





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