15.いつだってその背中は遠い

正解なんてないのかもしれない。


バイト先の小さなレストランで、もうすぐ上がりという時間入り口のドアの音に振り向けば、そのまま来たのか仕事着のすばるくんが立っていた。

「どしたん?」
「いや、今日の現場近くやってん。お前が働いとるの見たことなかったし」
「なにそれ。まあ、じゃあコーヒーでも奢るからこっち座って」
目線を合わせず話すすばるくんに、カウンター席へと案内する。家族経営のこの店は旦那さんがオーナー兼シェフで、奥さんと俺ともう一人のバイトで回している。小さいけど味は上手くて、知る人ぞ知るといった隠れ名店だと俺は思っている。

「はい、これ。俺上がりやし待っとくやろ?」
コーヒーカップを差し出し、すばるくんに聞けばひとつ頷いたのを見てキッチンにいる奥さんに声をかけ着替えに向かった。なぜすばるくんが来たのか、おそらく理由はひとつしかないとため息が出た。


「亮もちゃんと働いてんねんなあ」
店を出て、二人並んで家路を歩く。すばるくんの呟いた言葉に苦笑いする。
「当たり前やろ。昔のヤンチャな亮ちゃんやないねんで」
ヤンチャな亮ちゃん、と笑うすばるくんも昔はそれは近所でもなかなか有名なヤンチャっぷりやった。
「お前といい、忠義といい似らんでええことは似るねんなあ」
何かを思い出すように笑って話すすばるくんは、体は小さいけどいざという時は頼りになって、俺にとってはオトン以上に憧れる存在だった。
「そんな似とるとこある?」
気恥ずかしいのもあり、首を捻りながら聴き返せば角を曲がる手前ですばるくんが立ち止まった。

「…名前」
すばるくん?と振り向けば、すばるくんの口から出た言葉に心臓がひとつ鳴った。
「忠義は、今日バイト遅いらしいねん。で、俺も会社の人らに飲み誘われとるから」
続く言葉の意味がわからず、黙ったまますばるくんを見ていれば「名前、1人やと寂しがるやろうからお前今日は家おったれな」

そう、真っ直ぐ俺を見たすばるくんはふ、と笑みを零し「なんちゅう顔してんねん」と言う。
自分がどんな顔をしているかわからなかったが、すばるくんの言わんとすることは分かって俯く。先日忠義が名前を案の定避けていたが、気付けばいつも通りな2人に、ああ何か話したのか、と思っていた。だけど俺は、核心に触れるのが怖くてなにも聞かずにいた。すばるくんは、きっとそんな俺に気付いた。名前に対しての感情も、なにもかも。

「…潔くフラれろって?」
自虐的にそう吐き出せば、自然と笑いが出た。
「今から帰って名前と2人きりやで?すばるくんええの?」
そう挑発するように言う自分が、ひどく情けなく感じる。こんな事言ってもきっとこの人は、俺の気持ちも全部受け止めようとする。

「お前がこのまんまでええなら、別に好きにしたらええやん。…やけど、この先少しでもあいつに対して気持ち出せば俺は許さんからな」

いつだって、すばるくんの言葉は胸にささって。わざときつい事言って、俺の気持ちとか吐き出させて分からせて。やから、昔から敵わなくてすばるくんになりたくてもなれなくて。


「すばるくん、ありがとう」


もう、いい加減逃げるのはよそう。
1人、角を曲がって見慣れた家へと足を動かした。


20160910

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