10.僕は、私は、やっと手に入れた

4月。私がこの家の長女になって、13年目の春が来る。そして、この家にいる最後の1年でもある。


「名前、今日ばあちゃんとこ行こうか」
新しい学校生活を楽しく過ごしてるらしい忠義を送り出し珍しく亮ちゃんも大学に向かい、2人きりになったすばるくんと私はなんとも言えない空気のままリビングで向かいあっていた。
「え?」
「今日、休みやろ?学校もバイトも」
すばるくんは、いつもの仕事着ではなく古着のロンTにデニム姿で朝リビングに来たので不思議ではあった。
「休みだけど、すばるくんは?」
「有給。まあ、社長に消化しろって言われてん」
4月なのに?と思ったが、それより言われたことの方が重要で聞き返す。
「ばあちゃんって…苗字の?」
「他におらんやろ」
そう言いながら、早よ用意してこいと私を急かしてリビングから出した。
言いたいことはあるのに、素直に動いてしまうのは染み付いた兄への従順さからかそれとも…
「すばるくん、わかってるのかな…」
おばあちゃんにとって私は、名前ではなくてそこにいるのは私の母だということを。



「あら、名前ちゃん!元気にしてた?」
あれからすばるくんの運転で向かう道中、行く意味もなにも聞けないまま当たり障りのない会話をしていればあっと言う間に目的地へ着いた。
入り口に入れば、天気が良いからか中庭に出ている利用者さんの姿もあって、そちらを見ていれば顔なじみの介護士さんに声をかけられた。
「就活でなかなか来れなくて。おばあちゃんは元気ですか?」
一瞬、後ろにいるすばるくんに目線が動きまた私を見たその人は、「受付、書いておくから早く行ってあげて」そう優しく笑ったその人に頭を下げて、すばるくんに行こう、と言えば同じように介護士さんに頭を下げたすばるくんは後ろを付いてくる。
部屋の前に着いて、ドアを開ける前に隣のすばるくんを見る。
「すばるくん…おばあちゃんは私のこと「わかってる。ただ、ちゃんと会って話したかってん」
そう優しく笑って私の手を一瞬握って離されたタイミングで、ノックしてドアをそっと開けた。

「あら、やっと来てくれたの。待ってたわ」
いつものように、優しく笑った祖母は私を見た後、後ろにいるすばるくんに視線を移した。
「あ、お母さんこの人は…」
と言いかけて、なんて言うべきか迷い口が止まると「初めまして。渋谷と言います」とすばるくんは頭を下げた。
「まあ。このような体勢ですみません。それで…」と祖母はすばるくんに頭を下げた後首をかしげながら私と交互に見る。

「彼女とお付き合いさせて頂いております」
次に聞こえた言葉に、時間が止まった。
「え?」
そう言ったのは、私だったか祖母だったかわからない。ただただ、横に立って祖母を真っ直ぐ見るすばるくんから目が離せなかった。
「そうなの…?」
祖母は、急な告白に衝撃だったのか私に伺うように聞いて首を一つ縦に振るしか出来ない私を見て「まあまあまあ!」と両手を合わせて喜び始めた。
正直、こんなに明るい祖母を初めて見て驚く。
「お、お母さん?大丈夫?」そんなに、興奮してと言えば「あなた、もうなかなかそういう話をしてくれないから心配だったのよ?渋谷さんとおっしゃいました?そちらにかけて」と丸椅子に座るよう促して、言われた通りにすばるくんは腰掛けた。

「こんなとこまで来ていただいてごめんなさいね?知らなかったわ。あなたに恋人がいたなんて」と私を見上げる祖母に苦笑いする。
「いえ、最近やっと恋人になれたんで…。ご挨拶にと」と笑うすばるくんにこれは夢なのかもしれないとさえ思えてくる。
「ご丁寧に。もしかして、関西の方?」
「あ、生まれも育ちもこっちですが両親が関西の人間なんで、言葉はほぼ関西弁です」
「私の主人も関西の人間なのよ?最近はちっとも顔出さないんだけど」
その言葉に、ドキ、っとする。前来た時には、祖父の死は理解していたはずだ。
「そうなんですか。なら、早く元気になって突然帰って驚かしたらええですよ」とすばるくんは返した。それに、祖母は「そうするわ」と笑った。
それから、1時間以上部屋で過ごした後「また、来るね」といつものように、祖母に別れを言い先にすばるくんがドアへ向かった時、「名前ちゃん」と後ろから呼ばれ足が止まる。それに気づいたすばるくんも、開けたドアをもう一度閉め振り返って目が合った。

「名前ちゃん、幸せにね」
また、聞こえた声に振り返れば笑顔で私を見る祖母がいて思わず「おばあちゃん?」と問いかける。
すると、きょとんとした顔になり「やだ。まだおばあちゃんじゃないでしょ」と笑った祖母に、さっきまで早くなっていた鼓動が落ち着き始めたのがわかった。
こんどこそ、部屋を出てすばるくんと無言のまま施設を出て車に乗り込む。

「名前?」
すばるくんに名前を呼ばれ、意識がそちらに向く。
「おばあちゃん…私の名前初めて呼んだの。知ってるなんて思いもしなかった」
初めて会った日から、私は孫ではなくて母だった。
「頭のどっかで覚えとったんやないかなあ」そう言ってすばるくんはハンドルに両手を乗せもたれかかり私を見つめた。その瞳がなにを思っているかわからない。

「すばるくん…「名前」
私の呼びかけを遮るように、私を呼んだすばるくんは体勢を変えて体ごと私の方を向いた。

「ちゃんと話そう言うてたのに、なかなか言えんくてごめんな?」そう言いながら私の右手を握ったすばるくんは一つ息を吐く。
「なんか、いろいろ思っててんけど。もう、はっきり言うわ。俺は、お前が好きや。誰よりも」
お前に言うより先、ばあちゃんに言うてごめんな?とうつむく私の頭を撫でる。
「泣くなや」
「泣くよ…。本当?私たち恋人なの?」
泣きながら言うしか出来なくて、でもこの涙の止め方もわからなくて。ただ、空いている左手で流れる涙を押さえていたら、グッと右手が引っ張られて抱きしめられた。

「ずっと。待たせてごめん」

耳元で聞こえた声に、もう絶対涙は止まらないと思った。


2回目のキスは、煙草の味がした、なんて頭の中を流れたメロディーをそのままにすばるくんの首に両手を回した。


20160822





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