15.I will never let you go


目の前に建つマンションを見上げる。
事務所を出てどうやってここまで来たのか分からない。
とりあえずタクシーに乗って伝えた住所に降ろしてもらった。これからのことを考えてると背後から名前を呼ばれた。
「名前ちゃん!」振り返ると今、会いたくて仕方がない人物が息を切らせて立っていた。
「やっぱこっちやった…」
目の前に来て、手を握って話す忠義の顔が見れず俯いてしまう。
「さっき、名前ちゃんち行ったけどおらんやったし、もしかしてと思って」携帯の電源も切っとるやろ?と笑う。
きっと目を合わせない私を不審に思ってるはずなのに忠義は優しく手を握ってくれたままだ。
「…聞いたんやろ?」
振り絞って出した声は情けないほど小さかったのに、「…俺は名前ちゃんの口から聞かな信用できへん」と返されずっと我慢していた涙が溢れた。
私は、忠義に恋をしてから泣き虫になったらしい。

記者がおるかもわからんし、と忠義の部屋に急いで上がる。もしかしたら、また撮られたかもしれんなと考えて投げやりな気持ちになりそうになる。

「名前ちゃん、隠さんと全部話して」
ソファに2人で向かい合うように隣り合って座り、両手を握った忠義が顔を覗き込んでくる。
やっと合わせた瞳は、いつもと同じ優しい瞳をしていた。
「…週刊誌、に先輩がいろいろ話したらしくて。それで…」
続きを話したいのに、声が詰まる。「うん。ゆっくりで大丈夫やで」と言ってくれる忠義にぽつり、と今日の出来事を話す。
「…ツアーのも聞いたんやろ?リハでビビったやろ?」笑いながら話せば「無理して笑わんで」と静かな声が返ってきて忠義を見ればただ真っ直ぐに私を見ている。
「…名前ちゃん。辞職したってほんま?」
最後まで言うタイミングを伺っていた話を先に言われ驚いてると、「マネージャーと会ってん」と言われ、納得する。
「…うん。ほんま」
「なんで?なんで名前ちゃんが辞めなあかんの?有りもしいひんこと好き勝手書いたのは記者らやろ?!」
ああ、彼はあの記事を読んだんだと気付いた。
「でも、全部が嘘やない」
「…やけど!「私は所詮、契約社員なの。代わりならいくらでもいるただの振り付け担当なの」
忠義の言葉を遮るように話せば、握られていた両手が締め付けらる。
「会社に損なことをしたら辞めさせられるのは、どの会社も一緒なの。
…私は会社の商品に手を出したルール違反なの」

その言葉にひどく悲しい顔をした忠義がグッと唇を噛んだ。
「そんなふうに言えば、俺が名前ちゃんから離れるって思うん?」
「忠義、もう無理や」「無理ちゃうよ」
繋いだ手を離さない忠義は「俺、大事にするって言うたやん…守るよって」と呟いた。
「忠義は、大事にしてくれた。あの日だって私を先輩から守ってくれた」
そう言って、今度は私が顔を覗き込めば目が合った瞬間引き寄せて抱きしめられた。

「嫌や。俺は離れんし離さへんよ」
どこにも行かないで、と忠義の腕が背中に回って目線の先には二人で初めて撮った写真があった。
恥ずかしいと言っても、誰も別に見らへんしと小さなチェストに写真立てを飾る忠義が頭に浮かぶ。

さようなら、と告げなきゃいけない恋なのに。
思い出すのは、幸せなことばかりで。今日の悲しい現実にさえ勝てる気がしてきてしまう。
「名前ちゃん。俺から離れたからって今回のこと何かが変わるわけないと思わへん?」
その言葉に、忠義の腕の中から動き距離を少し開け見上げる。
「はっきり言って、事務所を辞めるって俺は納得できへんけど。でも、別れようと別れまいとそれは変わらへん事実やろ?」
そう言われて、確かにそうだけどと思う。でも、それだけじゃない。
「忠義の言ってることはわかるけど。でも、私は忠義とのことを一切話さへんやった。それは「スタッフと担当アイドルが恋愛なんて確かに世間がやいやい言いそうなことやもんな」
遮る忠義に、そんな軽い話やないと言えば「でも、今日で名前ちゃんは事務所の人間やないんやろ?」
首をかしげる忠義に「まあ、そうやけど…」しか言えず忠義の言わんとすることが分からずに「何考えてんの?」と聞けば


「今日の記事を差し替える」

と信じられないことを言ってのけた。
さっきまでの悲しい顔から一転、忠義は「言い方変えれば、俺と名前ちゃんのちゃんとした熱愛写真を別の週刊誌に載せる」とニッコリいつものように笑った。
「な、に言うてんの?そんなこと出来へんやろ」
「なんで?俺、こう見えてこの業界にそこそこおんねんで?知り合いの記者さんくらいおるよ」
「やからって、事務所が黙ってへんやろ!」
突拍子もないことを言い出す忠義にきつく言えば、「ちゃんと根回しするって」と急にソファから立ち上がった忠義は携帯で誰かに電話をし始める。
私はついていけずにただその姿をソファから見てるしかできなかった。

「で、急に呼ばれたから何事や思ったら」
あれから、忠義は何回か電話をかけ1時間が過ぎた頃インターフォンが鳴り部屋に来たのはすばるくんだった。
「リハ終わりにごめんな?」ビール飲む?と忠義はラグの上に座るすばるくんに聞いて、突然現れたすばるくんに疑問しか浮かばない私は「どしたん?」と聞くしか出来なかった。
「は?いや、それ俺の台詞やろ。お前、事務所の聞いたで」と言われ今まで仕事のこととか相談に乗ってくれていたすばるくんに「中途半端になってごめんなさい」としか言えなかった。
「つーか、まあそれは良くないけどお前じゃどうしようも出来へんやろ。それより、あいつやで。」と先輩の名前を出し「こういう世界やと昨日の友は明日の敵ってやつやん」と笑った。
「…ほんま、すばるくんにも迷惑かけてごめん」と頭を下げれば「お前の兄貴によろしく言われたからな。気にせんでええって」と頭を撫でられ緩んだ涙腺はまた涙を作る。
「あ!ちょっと、すばるくん泣かさんといて」とキッチンから常備しているつまみとビールを持ってきてすばるくんに文句言いながら渡す。
「お前なあ、こいつ見習えや」
「ごめんな、すばるくん」と謝る忠義にぜんっぜん心こもってへんやんと言いながら、「で、なんで呼ばれたん?」と本題に入った。
忠義は、つまみの枝豆を食べながら「俺、記事差し替えよう思うねん」とさっき私にした話をすばるくんに話す。
意外にも途中で口を挟むこともなく、黙って話を聞き終えたすばるくんは少し間を置いて「大倉、本気なん?」と聞いた。
「え?名前ちゃんのこと?」
「アホ、そんなん初めから知っとるわ。やなくて、お前がしようとしてることはいろんな人を裏切ったと思われることかもしれんのやで」
その言葉に、心臓あたりが痛くなる。
忠義の気持ちはすごく嬉しい。でも、そこまでしてくれて私は彼になにかをあげれるのだろうか。
忠義の人生さえも奪ってしまうかもしれない。

「…すばるくん。俺、名前ちゃんと結婚するから」

「「は?」」
思わず重なった声に、すばるくんと顔を見合わせ忠義を見れば「なに。息ぴったりやん」と笑う。
「いやいやいや。いきなりなに言うてんねん」と明らかに動揺したすばるくんが突っ込む。
「え?いや、明日明後日の話やないで?いずれはそのつもりってこと。」
「あ、あぁ。なんや、お前びっくりするやん」とすばるくんが体の力を抜いてソファに寄りかかった。

「やから、今回の記事やなくて真剣交際って思わしたいねん」
そう言い切った忠義に、すばるくんは「…そうか」と一言呟いた。

「てか、お前はなんで黙ってんねん。当事者のくせに」とすばるくんが見上げてきて「いや、なんか、もう頭が追いつかへん」と正直に言えば「お前はどうしたいん?」と言われる。

その言葉に忠義を見れば、優しい顔で私を見つめる姿に胸にあったしこりみたいなものが消えていく気がした。その瞬間、ああこの人じゃなきゃ駄目って心の底から思えた。

「私は、一生忠義の横にいたい」

ポロっと出た言葉に忠義は、満面の笑みを浮かべ「いや、ノロケろとは言うてへん」とすばるくんに呆れられた。
「まあ、なら話は早いほうがええやろ。他のメンバーには俺から軽く言うとくから。うまいことやれよ」と忠義に言い残してさっさとすばるくんは帰って行った。


「さっき電話して、明日の朝マンション前に記者に張ってもらう」とソファに座りなおした忠義に「事務所はどうするん?」と聞けば「黙っとく」と返す。
「黙っとくって…」
「明後日、熱愛記事を載せてもらう。そうすれば事務所は、来週出る予定の記事を絶対出さへんようにする」
したり顔で笑ってビールを飲む忠義に、「そんな簡単にいく…?」と言えば「名前ちゃん、さっきの言葉ほんま?」と支離滅裂な言葉が返ってくる。

「俺の横に一生おってくれるん?」
「…忠義こそほんまに結婚するつもりなん?」

優しく左手を握ってそのまま自分の口元に持っていき、薬指にキスを落としてくる。
「俺は、初めから結婚前提やで」と調子のいいこと言う忠義に笑いたいのに、どうしてか涙が出てくる。今日は、本当に涙腺が壊れている。恋する女の人はみんなこうなのか?
「…どうなん?」と上目遣いで聞いてくる忠義に
「あんたしかおれへん」
そう返すのが精一杯なくらい鼓動が激しく動いて、顔に熱がこもった。
そっと、顔をあげ忠義の瞳と目が合い、そのまま自然と顔が近づき今日初めてのキスをした。

何度も落とされる口付けに、明日の朝が一瞬頭を過って「集中して」と忠義に言われ首に腕を回した。



20160728







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