12.あざ笑うは現実。

1人になった部屋で立ちすくむ。
開かれたままのドアを見て溜息が出そうになり飲み込む。忠義を追いかけようかと思って、部屋を出たところで携帯のバイブ音に気付き、急いで鞄を漁る。
画面には一件のメッセージ。それを読み、飲み込んだはずの溜息が出た。


「あ!名前」
リハ室までの廊下を歩いていたら、後ろから呼ばれ振り返れば苦笑いせざるを得ない人物がいた。
「おはよう」
「うん、おはよう。あ、あんな…「こないだは、変なとこ見せちゃってごめん」
亮ちゃんは、私の言葉に眉を下げて「いや、あいつに俺余計なこと言うたわ」ほんま、ごめんと続けた。
「まあ、確かに亮ちゃんのアホ!とは思ったけど」そう言えば、「や、やんな…」とあからさまに落ち込まれ笑いが出そうになる。
「…でも、大丈夫やから。気にせんといて」
リハ室までに足をまた動かせば、亮ちゃんも隣を歩く。
「大倉、怒ってなかったん?」
亮ちゃんが聞きながらリハ室の扉を開ける。5日ぶりに見る姿が目に入り鏡越しに目が合った。
「いや、まだ怒ってる」逸らされた視線を追いかける勇気は無かった。

亮ちゃんと会ったあの日は、地元の先輩が仕事で東京に来てると連絡をくれ久しぶりにご飯でも、とただ普通に約束をした。忠義には、地元の友達と会うと言ったけど性別までは言わなかった。ヤーヤー言われるのは分かってたし、ただなんとなく言えなかった後ろめたさもある。5年ぶりに会ったその人は、初めて関係を持った人でもある。でも、お互い後腐れなく終わったしその人に対して先輩以上の感情が全く無かったから会えたのだ。でも、会話も盛り上がりながら先輩の酒のペースが上がったところで、ボディタッチが始まった。一度関係を持つと簡単に触れるらしい。カウンター席にしたがために、隣から移動も出来ず、酔っ払った先輩を宥めて店を出る。すると、いきなり抱き締められ「やり直そう」なんてバカなことを言われる。ここで、先輩の肩越しに亮ちゃんと目が合う。まずい、と思ったのは亮ちゃんもらしく慌ててその場を離れる姿を見送りながら、私も先輩から離れた。
「すみません。私、付き合ってる人がいるんです。」
そうはっきりと言えば、急に醒めたらしいその先輩は「付き合ってるやつ、ジャニーズ?」と鼻で笑いながら聞いてきた。兄やすばるくんと同級生の先輩が、私が今何の仕事をしているかなんて当然知っている。「地元の奴らはみんな思ってるよ。良かったな、食いたい放題じゃん」と下世話な言い方をする先輩に頭に血が上った。けど、ここで認めるわけにはいかない。
「酔いすぎですよ。今日はありがとうございました。朝も早いのでここで失礼します」
店の前に置いて、足早にその場を離れて携帯を出す。履歴から忠義の名前を押そうとして、今日の事を話したくないと思った。話せば、きっと彼は傷つく。私が傷つくことを1番嫌うからだ。とりあえず、先ほどの先輩の連絡先を削除する。
簡単に会うなんて馬鹿だった。ましてや、ただの先輩じゃなかった人に。その日は、自己嫌悪に陥りながら眠りについた。
そして、亮ちゃんのことをすっかり忘れていた私が結果的に忠義を傷つけることになる。

ツアーのリハーサルを終えて、スタッフと話しながら忠義を見れば1人、出て行く姿が視界に入った。
話していたスタッフに、挨拶をしその背中を追いかけようとしたところで「名前」と呼び止められる。
「すばるくん…」
「お前、こないだ飯行ったんやろ?」
誰か、とは言わないがあの先輩のことだろう。苦笑いして頷けば「なんか、お前怒らせたから連絡取りたい言われてんけど。」なにがあったん?と首をかしげるすばるくんに「なんでもないよ。話すことありませんって、また連絡きたら伝えて」
それより、あの寂しそうな大きな背中を追いかけなきゃと呼び止めるすばるくんを置いて、リハ室を出る。たぶん、喫煙所だ。
角を曲がったところで、背中を見つけ喫煙所に入る手前で呼び止めた。
「忠義」
足を止めて、少し置いて振り返った忠義は真っ直ぐに私を見ている。
「こんなとこで、呼び捨てしたらあかんやろ」
「ごめん…」
忠義の言い方から、やはり怒ったままだと確認して当たり前か、と俯く。
話さなきゃ、と思うのにこのまま終わってしまうのではと頭の片隅を過る考えに躊躇してしまう。すると、目の前から溜息が聞こえて「なあ」と忠義に呼ばれ顔をあげた。
「俺らって、これで終わりなん?」
その言葉に、首を左右に振って「終わりたくない」と言えば「じゃあ、ちゃんと話してや。俺、聞くから」とそっと右手を忠義の左手が優しく握った。


二人でそのまま、誰もいない喫煙所に入り一連の流れを話せば「はあ〜」と隣から溜息が力一杯吐き出された。
「名前ちゃんって、人見知りなくせに気を許すと無防備よな」と嫌味が聞こえてくる。しかし、今回のことは私に落ち度があったわけやし…言い返せないと思っていれば「今度からは、絶対誰と飯行くか言って」うざいとは言わせんから、と付け加えられる。
「忠義、傷つけてごめんなさい。」そう言えば、ちらっと曇りガラスのドアを見た忠義は左手で腰を抱き寄せてきた。
「俺も名前ちゃんのこと信じてあげれんくてごめん。」と右耳にそっと囁かれて、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。忠義に甘え過ぎてた、と言えば「それは、甘えてや!名前ちゃんに甘えられんのめっちゃ好き」といつものような笑顔で言われ思わず吹き出す。
「ちょっと、笑わんでええやん」と不服そうな忠義に「やって可愛いんやもん」と返す。
照れたのか、少し体を離して「これからは、なんでも話して。俺も話すよ」と微笑んでくれる。
それに頷くと、喫煙所のドアに人影が見えてパッと離れると開いたドアからすばるくんが顔だした。
「お前ら、ここやったんか。名前も話しの途中で行くし…」とそのままドアを閉めてわざわざ私と忠義の間に座る。それに対して「ちょっと、なんでここ座るん」とすばるくんに言う忠義に「アホ。カモフラージュやん」と返すすばるくん。
「ごめん、話しって?」と聞けば、ちらっと忠義を見たすばるくんは先輩の名前を言った。
それに反応したのは忠義で、「それって、こないだの?」と尋ねてくる。「なんや、大倉知っとったんかい」と肩の力をわざとらしく抜いたすばるくんは「一応、さっきの伝えたで。でも、なんかお前に会いたいの一点張りやったからとりあえず、言うとこう思て」と立ち上がり「あかん。禁煙中なんにここしんどい」と出て行った。
「名前ちゃん、絶っ対1人で会ったらあかんで」と忠義が念を押すように言ってくる。
それに頷けば「今日、これで終わりやろ。一緒に帰ろう」と言われ「車なん?」と聞けば「今日は、絶対名前ちゃんと会うって分かってたし」車やったら、話せるかな思ったけどそっちから来てくれるとは思わんやった、と笑った。


時間差でスタジオを出て、先のコインパーキングに止めたらしい忠義の元へ向かおうとして「名前]と呼ばれ声の方を見れば、仕事帰りなのかスーツ姿の先輩が立っていた。そうだ、出張は1週間って言ってた。すでに、東京を離れていると思っていたからかその姿に、少し怖くなる。
「こないだは、ほんまごめん」と頭を下げる先輩に「もう、いいですから。お酒も入ってたし」と返すと、顔を上げた先輩は「すばるから聞いた?」と言う。頷き、「あの、今から用事があって。本当に気にしてませんから。気をつけて帰ってください」と足を進めようとすると「待てや」と腕を掴まれる。
「お前さ、俺と別れた時もそんなふうにあしらったやんな。冷めた顔して、ほんま馬鹿にすんのもええ加減に「離してもらえます?」
後ろから聞こえた声に、心臓が鳴る。先輩が「あ…」と呟くのも聞こえて掴まれていた腕が離される。
「お前、関ジャニの「すいません。うちのスタッフにあんま乱暴せんといてもらえますか?ここ、一応事務所のビルの前やし。」と冷静な忠義の声に、速かった鼓動が落ち着いていく。
「なんや、やっぱお前、男食いたい放題って嘘やないやん」こいつと、ヤッたんですか?と最低な暴言を忠義に向かって言う声がして涙が出そうになる。
私を馬鹿にするのはいいけど、忠義にそんなこと言わないで。そう言おうと先輩を見れば忠義に腕を引っ張られ、大きな背中が前に立った。
「優しく言うたんやから理解してや。あんまり言うと名誉毀損で訴えるで?一応それなりに大きい事務所やねんから。」
黙った先輩は、忠義の背中で見えない。もう行こう、と忠義に掴まれた手を引けばグッと握り直され「あと…」と話しだす。
「名前ちゃんのこと、あんまお前お前言わんといてくれる?自分の彼女、そんなふうに言われて腹立たんほど出来てないんで」と言い放った。
じゃ、と先輩から振り返り忠義は私と手を繋いだまま駐車場に向かう。
「忠義。手、離してや。バレるで」と言っても、黙ったままひたすら歩く。すぐ、そばと言っても人通りはそれなりにあるし先ほどから、ちらちらと視線を感じる。

駐車場に着いて、車に乗り込むと「あ〜!!!腹立つ!!なんなん、あいつ!」と忠義が叫んだ。
「名前ちゃん、あいつのどこが良かったん?」と真剣に聞いてくる忠義に、安心したのと撮られたかも、といろんな感情が混ざり「泣かんといてや」と言われ涙が出ていたことに気づいた。
「なんで、来たの」抱きしめられた腕の中でそう聞けば、「なんか、嫌な予感してん」名前ちゃんのことになると野生の勘が働くみたい、と笑わせてくる。
「どうしよう。先輩が週刊誌に売ったら」
「写真も証拠もないのに?」
「周りにも、少し人おったし…」
「俺は、後悔してへんよ。名前ちゃんのことあんな風に言われるくらいなら、俺のもんって世間に分からせる方がええもん」抱きしめる力が強くなった。

「大丈夫。絶対に守るよ。言うたやろ?大事にするって」
濡れた頬を優しく撫でてくれる忠義を見つめて始りの夜を思い出す。

「名前ちゃん、大丈夫やで」
閉じた瞼に優しい感触がして、そのまま唇にも落ちてきた。



でも、現実は厳しいらしい。


20160723










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