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私も貴方もあの頃より大人になって、この世界とも上手く付き合えるようになったよね。
再び会えたのは運命かも、とは簡単に言えないほどの年齢になったけど。それでも、貴方を前にするときっと私はあの頃の私になったんだと思う。


「久しぶり。よく、気付いたね」
自販機の前で向かい合うその人は、目尻に皺を寄せ「わかるやろ。…5年付き合うたんやで」と笑った。その言葉に記憶が蘇るけど、ただ私も笑うしか出来なかった。
「お前こそ、なんも言わへんし。忘れとるんかと思った」
「…周りにたくさんいるのに言えないでしょ」
そう返せば「それもそうやな」と、また笑った。この人はこんなに柔らかく笑う人だっただろうか。…最後の方は、私も彼もお互いを避けていた。笑った顔がひどく懐かしく感じた。
「仕事、終わりなん?」
「あ、いやまだ片付けまで残らなきゃ。帰ったら編集に立ち会ったり…」
そう言いながら来た道に視線を向ける。目が合わせられないのは、きっとお互い様だ。
「…」
なんとなくお互い黙ったままで気まずくなり「じゃあ、行くね。お疲れ様」と立ち去ろうとして「名前」と呼ばれ足が止まる。
あぁ、こんな風に呼ばれていたなと思いながら振り返れば「携帯」と言われる。
「は?」
「やから、携帯。どうせ番号変わってんねやろ」
主語しか言わないのは変わらないのか…と考えながら「変わってるけど、なんで?」と返す。
「教えて、番号」
まさかそんなこと言われるなんて思わず、口を開けたまますばるを見る。
決して、私たちの最後はいい思い出になるようなものじゃなかった。こんな風に再会して普通に話せるのは、時が経っているからか。私たちが大人になったからか。
「ちょ、早よして。俺もう行かな」
焦らすように言うすばるについ流されて、持っていた名刺入れから一枚抜き渡す。
「そこに、番号もアドレスも書いてあるから」
それを受け取ったすばるは、じっと名刺を見て「仕事用?」と聞く。

「…なにかあるならそれにお願い」

そう言えば、「ほな、また連絡するわ」と踵を返してすばるは歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、私も急いでスタジオへ戻った。
胸に鳴る音に気付かない振りをして。



CM撮影から1ヶ月過ぎた頃、仕事用の携帯に知らない番号から着信が入っていた。大概、連絡先は登録するので思い当たる人物が浮かばない。しかし、取引先の可能性が高いので折り返しすれば4コール目で「はい」と男の人が出た。すぐさま会社名と名前を言ったところで、電話の相手が笑っていることに気付く。
いたずら電話だったのか?と疑い始めたころ、「なに、その作ったような声」と聞こえてきた。
その独特のイントネーションに、「あ」と思わず声が出る。
忙しさのあまり、すっかり記憶の片隅わざと追いやっていたことを思い出しやられた…とうなだれる。
自分のデスクに座ってうなだれたため、隣の後輩が「大丈夫ですか?」と伺ってくる。それに笑いながら大丈夫、と手で伝え休憩室に行こうと席を立った。

「すばる…。普通最初に名前言うでしょ」
そう文句を言えば『名前ならわかるやろって思ってんけどな』とわざとらしく言ってくる。
「あのね、これ仕事用なの。取引先かと思うでしょ」
『俺もある意味仕事した仲やん。つうか、お前がこれ教えたやんけ』と今度はすばるが文句を言ってくる。
「それは…。まさかかかってくるとは思わなかったし…」
『いや、かけへんのに番号聞くわけないやん。ほんまお前相変わらずやな』と電話口ですばるが笑ったのがわかる。
「悪態つくなら切るよ。まだ仕事中だから」と返せば『お前、今日暇?』と聞かれる。
「暇って…夜?」
『飯、行かへん?』
その言葉に、思わず周りを見回す。誰もいないことを確認して「ちょっと…急にどうしたの?」と聞き返す。
『どうもこうもないわ。飯行こうって言うてるだけやん』
その言い方に、あぁこんな人だったなと思う。
「…仕事、今日は遅くなるかも」
年末前で忙しいのは事実だ。
『何時?俺も今日、たぶん10時は過ぎる』
「一緒くらいかな。とりあえず終わったらこの番号に連絡するから」電話の向こうで、わかった、と聞こえそのまま切った。
切れた画面を見つめながら、なぜか熱い右耳を触る。携帯に表示された日付を見て思い出す日々のこと。


私たちの関係が終わってもうすぐ、3年が経とうとしていた。

20160919




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