『付き合っていること、内緒にしよう』



そんな提案を出したのは、私。
彼はもう高校を卒業し、教師と生徒の関係ではなくなった。

だから私にそんな提案をだされた彼、一くんは否定をするかと思っていた。


でも、一くんは『わかった』と了承した。





( 絶対反対すると思ってたのに )



そんなお門違いな考えがぐるぐると頭に反響する。




「?」


帰りのHRをするために自分のクラスへ足を早めるとなにやら騒がしい教室。

ドアがあいていて、少し遠くから覗けば見えるのは、自分の生徒たちに囲まれた一くん。



一くんは、最近よく学校に来る。

なんでも後輩たちに、かつての自分のように間違った道を歩んでほしくないから学校の楽しさを教えたいらしい。


一くんは、持ち前の気さくな性格と、甘いマスクで生徒の人気者。
生徒たちも彼が来ることを楽しみにしているらしい。
女子生徒からは毎日のように、今日は草薙先輩来ないんですか?って聞かれるくらい。


だから、学校では私と彼の関係を秘密なんかにしているのだ。





「…お。よっ、先生。」


教室に入ればこっちに気が付いた一くんが私を呼ぶ。名前ではない、学校内での呼び方で。



「草薙くん、HR始めるからお開きにしてくれるかしら?」

「わかった。じゃあお前らまた今度な!」



えぇ、もう?とか、草薙先生またね!とか、生徒から見送られる一くんの横で私はなぜかモヤモヤと心を曇らせていた。













「あ、雨…」


下校時間も過ぎて、職員室へ帰ろうと廊下を歩きながら窓の外を見れば雨。


天気予報じゃ晴れって言っていたから、傘なんか持ってきてない。
外では生徒たちが走って帰っている。


今日はすぐ帰れるとおもったのに。
しょうがない、雨が弱くなるまで職員室に留まろう。

そうため息をついて、職員室へ入ろうとしたとき。




「傘、あるぜ?先生。」


いきなり横から掛かった声の本人を間違うはずがなくて…。



「はじ………草薙くん!」



おどろいてうっかりいつもの呼び方に戻ってしまった私を見て、一くんは苦笑いした。




「タマがさ、今日雨降るって教えてくれたんだ。」


そういう一くんの右手には一本の傘。



「そういや折りたたみ傘も持ってねぇよなって思ってさ。」



その台詞から、今日一くんが学校に来た本当の目的がわかった。



「で、情けねぇ話なんだけどさ、俺急いでて一本しか持ってくんの忘れてた。」



ハハッと笑う一くんにキュッと締め付けられる胸。


なにも言わない私に、だから、と続ける。



「コレ、使って。先生。」


差し出される傘に伸ばせない手。


「でも…それじゃあ一くんは?」


一くんは「呼び方。戻ってんぞ。」とまた苦笑いする。


「俺はいいよ。走って帰るから。」

「そ!そんなのダメよ!」

「だーいじょうぶだって。」

「絶対ダメ!一緒に傘使いましょう!」



私の代わりに一くんが濡れて帰るだなんてそんなの絶対にさせない。




「あー…それは、ダメだろ。」

「え?」



一緒に傘に入ればいいという一番好都合な提案に、一くんは首を振った。



「いくらなんでも相合傘なんかしてっとバレはしないにしても、噂になると思う。」


頭をかきながらそう言う一くんに、今度こそ私の心のモヤモヤが限界になった。




「…別にいい。」

「は?」


声が震える。
でも、もう私が限界だった。


「私、もう一くんと付き合ってるの隠したくない。」

「…っ、」

「一くんは私のものだって、みんなに自慢したいよ。」



自分から隠そうと言っておいて、ずいぶん勝手だってことはわかってる。

わかってるけど、でも。



「……俺、聖帝に来る理由、後輩指導のため、って言っただろ?」

「?…うん。」

「あれ、半分嘘。」

「うそ…」

「悠里が、他の生徒に言いよられてねぇか心配だったんだ。」



そう言った一くんは泣きそうに笑った。




「そんなの、…私だって心配だよ。」



自分の生徒たちに嫉妬しちゃうくらいに。


手汗がじわじわ滲む私の手をとった一くんは俯いて静かに言う。




「…なぁ、もう“先生”なんか呼ばなくていい?」

「うん。」

「後輩じゃなくて悠里に会いに来ていい?」

「ほどほどにしてね。」

「手つないで帰ってもいい?」

「いいよ。」

「今、抱き締めてもいい?」

「い…っ?!それはダ――っ」

「ごめん、それ聞けない。」





力一杯ギュッと抱き締められて、身動きとれない私に聞こえたのは擦れたすがるような声。



「…悠里、愛してる。」

















さぁ、見せ付けようか

次の日すぐに噂が広まったのは言うまでもない。





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