「遠距離恋愛って、お前はどう思うんだ」

「ちょ、いきなりどないしてん?」

「いいから答えろ」


君がやけに真面目にそんなことを聞くものだから、ああ。そのときに気付いておけば良かったんだ。
俺は本当にどうしようもない馬鹿だ。だから俺は、冷たい硝子に手をついて、ひたすら君の名前を呼ぶの。


「せやねえ、遠距離恋愛は近くで愛し合うよかふたりがより強く思い合えると思うで」

「そうか、」

「え、なんなん?」

「聞いてみただけだ、気にすんな」


この会話を忘れた頃合いの寒い夜。君が珍しく電話なんかしてきて。
嬉しくて嬉しくて、「今出れるか?」という言葉に、ただ「今すぐ」と返事をして家を飛び出した。

君は鼻を赤くしながら、家の前でファーのついた白いコートに君の瞳を映したような鮮やかな蒼のマフラーを巻いて待っていた。


「寒かったやろ、お部屋お入り?」

「いやいい。ここで話す」


いつも『氷の世界』だなんて言っているというのに寒がりだった君が、部屋に入らず寒い外で話すというなんて。おかしいと思ったんだ。
何か、よくないことなんだな、と脳が反射的に理解した。


「もっと深く、思い合えるかもな」

「……え?」

「遠距離恋愛。なあ、ラブロマンスだったらよかったのにな」


鼻が赤かった理由。ああ、寒いからじゃなかったんだね。





君は、泣いていたんだね。


「俺、ロンドンに行く。遠距離恋愛、続くといいな」

「いつ…、いつなん…!?」

「明後日。じゃあな、いきなり呼び出して悪かったな。おやすみ」






* * *






出発の日。発つのは10時だって言ってたね。今は9時半。俺はきっと、見送りになんか行けない。




RRRRR……


電話だ。ディスプレイには君の名前が。今更行ってらっしゃいなんて言う勇気はなかったけれど、出ずに無視するほどの出来損ないのつもりではないので。


「…もし、もし…景ちゃん?」

『一度しか言わねえからよく聞けよ』


ひと息置いて、君が僕に与えた言葉。


『硝子越しに届かねえ蒼を見つめてる暇があんなら、その手で掴める蒼を探しやがれ』


プツン、



電話は切れて、それと同時に俺の脚は動き出した。

その脚に任せて俺は上着もマフラーもせず、ただ財布を持ちサンダルを引っ掛けて家を出た。






* * *






「はぁ…は……は…」


空港に着いた時にはもう、時計の針は10時なんてとっくに追い越していて。ただ広すぎる空を映す大きな窓に近づいた。
空には一筋白い線が引かれていて、ああ、あれが君を乗せて行ったんだな、と。冷たい硝子を俺は叩いた。



俺はただ硝子越しに君を思うことしか出来なかった。けれど、君の言葉をね?思い出したんだ。




硝子越しに届かねえ蒼を見つめてる暇があんなら、その手で掴める蒼を探しやがれ




蒼、蒼、君の蒼を。この手で掴める蒼を…!


そうやって、蒼を探して探して探して。見つけたよ。君の、蒼のマフラー。



手すりに引っかけられたマフラーを、この手に掴んで抱き締めると、君の香りに満たされた。

君は行ってしまったけれど、君はここにはいないけれど、俺には君しか居ないよ。



すると足下で何か乾いた音が鳴り、何かと思って見てみると、四つ折りの手紙が落ちていた。
開くとひたすら涙が溢れ出して、人の多い空港の片隅でひとり膝を突いて泣いた。






遅えんだよ。





fin.









僕はただ硝子越しに君を思うことしか出来なかった。けれど、それは思うだけじゃなくて思い合っていたのでした。

















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